鹿島美術研究 年報第8号
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が,極めて真摯であると同時に,道徳的な意義を濃厚に描出していたことに意義がある。さらに,こうした作品の制作に際して,多くの先行作品,殊に中世や初期ルネサンスの作品を参考にしていたことが挙げられる。しかも,こうした先行作品に基づきながらも,彼らはその作中の隅々に至るまで,彼ら独自の象徴的な描写をおこなったのである。こうした表現方法による画面は,極めて難解で,一種の絵解き的な様相を呈していたこと,そしてそれが,当時の人々にとっては極めて新鮮なものとして受けとめられたこと,が特筆されよう。第三点として考えられることは,作品の描写方法である。W.M.ロセッティによる定義の第二項“自然を注意深く観察すること”は,前述したように,ラファエル前派の特性を端的に示していると考えられてきた。確かに,彼らはこの定義に極めて忠実であった。彼らがどれほどこの定義に則って作品を制作したかは,ミレーのくオフィリア〉一点を一瞥するだけでも充分であろう。そこにあるのは,実際に浴槽に横たわった,しかも気絶寸前の女性であり,細密に写生された河に浮かぶ水草や河岸の草花である。しかしながら,この定義自体が必ずしも彼ら独自のものではない。なぜならば,これはすでにコンスタブルによって提唱されてきたことだからである。従って,ラファエル前派の戸外制作や注意深い自然観察に基づく詳細な対象描写といった原則は,実は彼ら以前のイギリスにおいて成立していたことになろう。さらに,彼らのこうした定義は,印象派,殊にモネらによって提唱された考え方と極めて類似していることに注目しなければならない。モネらも,周知の通り,戸外制作や対象をありのままに描出することを試みていたからである。こうしてみると,ラファエル前派の定義の第二項は,当時においてはいささか忘れ去られていたコンスタプルの原則を蘇らせたものであると同時に,フランス印象派の先駆けであったと考えられる。ところが,このように類似的な原則に則って制作されたにもかかわらず,彼らの作品には,例えばモネの諸作品と先のくオフィーリア〉とを対比すれば明らかなように,類似性は極めて乏しい。このように観られる要因の一端は,ラファエル前派がフレスコ画の手法を油彩画に採用しようとしたことにある。彼らは,フレスコ画同様に白色の下地を施し,それが乾かないうちに,対象を,彼らの眼に映ずる通りに極細の筆で-156

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