「造形理想の一系譜~で定窯白磁に対して美学者の立場から考察ーションがおりなす美しさがその持ち味である。これに対して印花の文様では異なった表現上の特色がみられる。まず,文様の種類に違いがみられる。劃花文ではのびやかにあらわされた蓮花文が多く,水禽のような身近な風物を写生風にあらわしたものもある。これに対して印花文では宝相華唐草文や鳳凰文,花喰鳥文などが主流であり,伝統的な文様はむしろこちらに多い。また印花文では口縁に雷文などの文様帯をめぐらし,見込み中央には花文を配し,対称性の強い厳格な構図をとる。印花文では熟練した陶工の手が生み出す刀法の冴えよりも意匠それ自体に,身近な生物の一瞬の表情よりも時空を超越した文様に,個性美よりも完成された様式美に関心がおかれている。を加えた谷田閲次氏は,このような定窯白磁のことを「極端に精緻な上作であり,文様の細部に至るまで厳格を極めた造形であって,全く貴族的な一群の作品である。彫花の自由暢達な味ひに対して,之はむしろ一種の古典的完成を示す美しさである。徹底した貴族趣味とも云へるであろう。」と評している。劃花文とは明確に異なった意識のもとに作られていたといえるのではないだろうか。時代によりどちらがより流行したというようなことはあるにせよ,時間的な前後関係や優劣で比較されるようなものではなく,あるいは目的によって技法が使い分けられるようなこともあったとみるべきではないだろうか。厳格な構図,完成された様式美といった性格は,印花文,特に印模(モールド)を用いた印花文に広く一般的にみられる属性の一つであると考えられる。次に元時代の景徳鎮窯を例にとって検討してみたい。元の青花(染付)磁器はその充実した作風によって近年とくに評価を高めており,中国陶磁史の面期をなすという点で研究者の見解が一致している。その革新性は白磁の素地に鮮やかな藍色に発色する酸化コバルトの絵具(呉須)を用いて筆彩で文様を描く点と,大盤・大壺といった大型の器物の器面を界線で区切り,それぞれを文様で埋めつくす密度の高い文様構成にある。これらは元の青花磁器の主たる輸出先であるイスラム圏の嗜好を反映したものとしばしば説明される。ところが,筆彩による加飾の起源についてはとりあえずここでは論じないでおくことにしても,文様構成に関しては,元時代景徳鎮窯の印花白磁や貼花白磁に先行する例を指摘できるのではないだろうか。つまり元の青花磁器の作風を構成する要素の一部は,コバルト顔料や筆彩による絵付け,あるいはイスラム圏からの影響に由来するのではなく,元時代の景徳鎮白磁においては,印花文は-196
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