鹿島美術研究 年報第8号
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下辺には洲浜の小景が描かれる。画面の左辺と下辺には墨線と白帯の界線が描かれるが,右辺と上辺にはない。この界線は,いくつかの種類があるものの,東大寺本にもみられるもので,四周を囲む描表装のあととみられるものである。したがって,文化庁本は画面の上方および右方が切りつめられたものと考えられ,その切りつめられた右方に善財童子が,さらに上方には賛文があったことが推測できる。寸法は東大寺本がいずれも75X45センチ前後であるのに対し,文化庁本は60.0X30.5センチで縦横とも15センチほど短かくなっている。向かって右に立つ童子,童子の左に団扇を胸元に持って立つ童女が並ぶ図様は基本的に絵巻本と同じであり,これが善財童子が歴参する徳生窟子,有徳童女の場面と比定できるのである。ただし,この比定は善財窟子の像が失なわれている以上,本図が東大寺本と近いものであることをある程度前提として含んでおり,実際のところ,画風作品の形状,保存状態などに共通するところがあるのであるが,先にも触れた通り,色彩,筆致などから受ける印象に微妙な相違があり,一見したところ現存する他の19面の中によく一致するものが求めがたいことも事実である。そこで,今回は文化庁本の調査とともに,技法や画絹の比較検討を行なうことを目的として,多様な画風をみせる東大寺蔵のもののうち8面(大天神,堅固解脱長者,遍友童子,観自在菩薩,勝熱婆羅門,安住地神,婆珊婆演底主夜神,腺者不詳の各図)の調査をまず行なってみた。多様な額装本の画風をいくつかのタイプに分類することはこれまでにも種々試みられている。しかし厳密に分類することは容易ではなく,また無理な分類は大きな意味をもつものではないと思われるが,今挙げた8面を技法に着目してみると,少なくと第1は,観自在菩薩,勝熱姿羅門,婆珊婆演底主夜神,安住地神の各図で,彩色は五彩の雲など明る<対照的な色のとりあわせをしばしば用い,賦彩に厚塗りがみられる。この厚塗りのため,現状では剥落も多く,安住地神の面のように一見色彩感の薄いものもある。また,描き起しには朱を中心として色線をしばしば使用し,その筆致は下描き線にとらわれない粗荒さがある。金箔はしばしば用いられているが,粗く切った断片を装身具や建築物に使用するものの文様の表現などには用いない。裏彩色はみとめられない。これと対照的な第2のタイプは,大天神,堅国解脱長者,遍友童子のものである。画面全体の印象は暗く,彩色に前者ほどの厚塗りをせず,肉身や衣文も2つの際立って異なるタイプに分けることができる。231

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