れる。額装本の原本が唐末から五代頃の作品であることを示唆する意見が出されているが,これはことに第1タイプの作品について言えることと思われる。その配色や筆法,さらに草花などのモチーフの類似性などは部分的にではあるが,例えばスタインコレクション中の唐末から五代頃の作品に通ずるものがあるといえよう。この大陸作品との関連性の問題はさらに今後の検討が必要であるが,色線を使用することなど,この第1タイプが古様をとどめていることはたしかである。これに対し,文化庁本を含む第2タイプの作品の中に前者のような古様さは少ない。形態把握がより明快であるとともに,画面全体には沈潜化した趣きがあり,文化庁本の明瞭な衣文の隅取りなどには次代の絵画につながるものさえあるといえよう。額装本の中には写しくずれとみられる箇所のあるものもあり,先行する原本の存在が考えられる。額装本には,鎌倉時代にはじまる北宋の歴参図の影評はみとめられず,その原本は奈良時代から平安時代にかけての頃に日本にもたらされたものと推測されるか,額装本の画風の多様性は,おそらくそれらをもとに新たな歴参考図を描き継ぐ過程の中でその継承のかたちが一様でなかったことによるのであろう。制作自体は同時に行なわれたと考えられるにもかかわらず,画賛の原典や書写形態が様々であるという制作の不統一性もそのことを物語っているように思われる。額装本華厳五十五所絵を,たんに数多く制作された歴参図の中で平安時代以来の伝統的作品とし,その様式を時代の一時点に把えるのではなく,その表現や時代性の多様性をより重視することで,そのような多様性を生みだした平安時代末という時代を考えることにもつなかってゆくもののように思われる。233-
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