鹿島美術研究 年報第8号
278/364

(5) 一昨年,願書を提出した日本の万博基金が採用となり,50%援助で,3月,美(3) ガルダ美術館常設展準備委員会の結成(4) (3)の委員会により,今秋9月ー10月,修理された漆器類中心の展覧会を開催予レクション,日本より大阪市立美術館,高津古文化館などが加わった。本年2-3月,ベニス(PlazzoDucale)に移動の予定。大変好評であった。詳しい展覧会名,論文論文名は本報告書中に記載。(2) 漆器類修復一昨年,'88年秋一冬,秋は日本を十数年ぶりに訪れ,当館漆器類の実現のため各地を訪問した。幸い,輪島市より協力が得られた。輪島市長の理解と好意により,市職員であり,優秀な漆芸技術者でもある,島口慶ー氏を,特に2ヵ月間,イタリア,イヴレア市に派遣してもらった(1990年,9月ー10月)。この際,日本の国際交流基金ローマ支部を通じ,往復航空券の援助を得た。滞在費は,当市負担。このロ氏派遣も,日本各所の援助があってこそイタリア側に刺激となり,実現したものである。修復は奇跡的に成功。氏の技佃の高さと,熱意の賜である。一番心配されていた衝立一対“青貝螺釧,菊花鶏図,祇園祭図,両面衝立”の他当館所蔵漆器中,とされる物的二十点近くを手がけて頂いた。島口氏は,連日,朝4時,5時まで徹夜で作業を続けられ,一点でも手を多く加えられるように努力して下さった。私もイタリア文化庁との間で問題がおこらないようすべての記録をとるため深夜まで一緒に仕事をし,少し修理を学んだ。島口氏帰国後も,氏の指示に従い,残された漆器類の筒単な手入れや,修理を続けている。(1), (2)の作業と同時して,少卜1や市の理解を少しづつ高め,準備委員会を正式に発足させ,昨年11月より定期委員会を開く事に成功(過去に未だかつてなかった)。委員会は,市役員,')小l文化庁より派遣委員,美術館メンバー,美術館,装建築家,市職員などからなる。これによって,今まで不足がちだったコミニュケーション等が大分よくなった。定。術展示ケース4台と書籍が到済する予定。市は刺激され,衝立用展示ケースを'91年予算で計上(350万円)。島口氏帰国後,市助役は,輪島市を訪れ,御礼状を市長に手渡すなどした。私に対しても,'91年度予算より,月8万円の給料がいただけることになった。僅かな額であるか,無償奉仕から考えると大きな変化である。古い建-245-

元のページ  ../index.html#278

このブックを見る