細密画のシリーズ(それらについてはあとで述べます)であった場合は,北斎の監督のもとでの協同制作という場合も考えられます。宗理,載斗といったかれの号を生前の北斎からゆずられた人もいましたし,また,この北斎の住まいを描いた露木のように,北斎の号であった為ー(ためかず)を,師の没後,自分の号に勝手に用いた人もいました。また,かれらのなかには,生活のために北斎のにせものをつくった人も当然いたでしょう。明治になって,外国人の注文に乗じてつくられたにせものもかなりあるようです。こうしたさまざまの事情が,現在,北斎の研究者やコレクターを悩ましているところの,北斎の肉筆画やデッサンの鑑識の問題に関わっています。この問題に照明をあてることが,今回のシンポジウムの主要な目的であると私は理解しています。発表者の話題も多くこの点に集中しているようです。私がここでお話しているのは,この問題についての全体的展望です。というより,討議のためのwarmupと理解してください。今回の討議で,私が予測し,かつ楽しみにしていることのひとつは,鑑識についての,西洋側の方法と日本側の方法との違いが討論を通じて浮かびあがることです。さて,北斎の肉筆画を鑑識するとは,具体的にどのような作業を意味するでしょうか?この点についてのもっとも単純な理解は,ホンモノとニセモノとを区別すること,でしょう。しかし,北斎の場合,いまふれたような,かれの門人の数の多さと,それにともなって予想されるさまざまなことがらが,そうした単純な理解を不可能にします。工房作の問題がそこに大きくクローズアップされてきます。もっとも,これは北斎に限らず,名声を得た画家につきまとう一般的なことがらでしょうが……。私は北斎肉筆画の鑑識の問題を整理するため,次のような同心円のチャートを作ってみました。*スライド左チャートいちばん中心に当る部分が,北斎の基準的な作品,すなわち北斎自筆であることが,署名,印,画風のすべてにわたって確実な作品です。確実という言葉に問題があるとすれば,すべて,あるいは大多数の研究者によって,北斎自筆と認められている作品,といいかえてもよろしい。*スライド左軍鶏図(MOA美術館)全図*スライド同この作品などは,北斎70歳台の花鳥画の傑作として,疑いの余地ないものです。北斎肉筆画の最高傑作とさえ私はいいたい。とさかに打たれた白の斑点のひとつひとつ部分-254-
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