鹿島美術研究 年報第8号
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すとして,私が,北斎工房の作と判断する作品をつぎにあげましょう。*シーボルト注文の風俗図(ライデン国立民族学博物館)*同オランダの画用紙に描かれた,15枚の風俗図です。1826年,Sieboldが,江戸で北斎に注文してつくらせたものであることが,ハーグに残る記録により知られているものです。この作品についての私の見解を簡単に述べておきましょう。この15枚の絵は,西洋絵画の陰影法を応用したその手法が,ZoneAにあげたような作品とかなり異なるため,比較することがむつかしいものです。しかし,私は15年ほど前,これらの作品が仙台で展観されたとき,ファン・グーリックさんの好意で,くわしく調査させていただくことができました。そのときの所見を申しますと,15枚のうち,帳簿用紙に描かれた4枚「墨田川夕涼み」「大山詣」「江戸城」「七五三の祝い」は,人物や背景に墨線を多く用い,青味がかった淡彩を施していて,より伝統的な手法によっています。* スライド左墨田川夕涼みこれら4枚は,北斎以外のひとりの画家によるものとみられ,私の推測では,弟子の北渓が有力な候補にあげられます。これに対し画用紙に描かれた残りの11枚は,墨による輪郭線を捨てて陰影法による隅取りをさらに積極的に用い,彩色も濃く施し,衣服の模様などを細かく描いて,油絵の効果に近いものを出そうと苦心しています。11枚のなかには出来のよいものと悪いものとかあって,複数の画家による分担執筆が考えられるのですが,なかで,*スライド左「おいらんと禿(かむろ)」*スライド右「花見」*スライド左「呉服屋」*スライド右「端午の節句」は,北斎でなければ到底不可能と思われる驚くべき細密な技法によっていますし,美人の顔のフォルムが,のような,同じ頃の美人画に一致する点などから推測して,北斎自身が制作していると思われます。すなわちこの15枚セットは,ZoneA,Bに近いところに置かれるべき北斎の工房作である,と私は考えるのです。最近,パリの国立図書館から発見された風俗図(複数)は,このセットに強く関連するものとして注目されます。楢崎宗重先生は本会議でこれについて話す希望をもっておられましたが,高齢のため出席を断念されたのは残念です。*スライド右七五三の祝いスライド右絵馬部分北埃*スライド右手踊り図*スライド右「夕立」-256-

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