また,シンポジウムの主催者であり会議の推進役であるベニス大学のカルロ・カルザ教授は,近年発見され注目をあつめた東京西新井大師・総持寺所蔵の「弘法大師修法図」について,ヨーロッパ流の美術史方法論を用い,詳細な画家の分析を行うことで,この作品の北斎の原画に基づく「北斎プロダクション」の作であることを明解に結論づけられたことも,北斎研究の上で一つの前進というべきである。なお,会議の最終日に見学を行ったジェノバ市のキョッソーネ東洋美術館にも総持寺本と同図様の「弘法大師修法図」が所蔵されており,この作品が,北斎画としてよほど著名なものとされた時期があり,それ故にこうしたコピーも数種に及んで伝わったのであろうことを知ったのである。シンポジウムの総括は,ハーバード大学のジョン・ロゼンフィルド教授によってなされたが,教授は,北斎の奇人的性格に着目され,奇想の芸術家の系譜をたどりながら,北斎芸術の諸々の特徴やその普遍的魅力などを解き明された。ヨーロッパ人の北斎に対する高い評価は,恐らく辻惟雄教授も指摘されているように,なによりもその首尾一貫した芸術的個性,自己主張にあるのであろう。そして,そこにまた欧米人に共感を与える北斎の画家としての近代性も認められるのである。この会議は,1992年度に再び開催が予定されており,また,1991年には,会議に参加したオランダ・ライデン国立民族学博物術のマーティ・ホラー氏を中心として大規模な「北斎展」がイギリスのロンドンで開かれることが計画されるなど,ヨーロッパにおける北斎に関する関心はいよいよ高まっており,研究上の成果も十分に期待されるのである。最後に,この会議で行った「北斎と西洋画」と題する私の報告に就いて,別紙の通りの英文レジュメを添付し,また,ここにごく簡単な概要を述べておくことにする。北斎が自からの絵画に西洋画の画法をとりいれ独自の画風を創りあげたことは,飯島虚心の『葛飾北斎伝』(1893年刊)やゴンクールの著書によってすでに指摘されている。彼が洋風画法を学んだとされる作品は,勝川春章の弟子として春朗を名乗った20歳代に「浮絵」と呼ばれる西洋風の透視遠近法を用いた「浮絵元祖東都歌舞伎大芸居之図」や「浮絵源氏十二段之図」などがあり,また寛政後期から文化初年の40歳前後には,「北斎先生図・阿蘭陀画鏡」のタイトルを持つ銅版画に似せた洋風風景版画「江戸八景」やローマ字風に書いた平仮名落款の「くだんうんかふち」などのような一連の風景版画があることが知られている。一方,北斎の著わした『北斎漫画』『略画早指南』『画本彩色通』などの書物には,遠近法や陰影法の原理,油絵具の製造法といった-262-
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