④ ゲミレル島カラジャエレン島(トルコ,リキア地方)の聖堂建築及び聖堂装飾の研研究者:愛知教育大学助教授浅野和生研究報告:本研究は,トルコ・リキア地方の地中海沿岸における美術・建築・都市計画についての総合的研究計画の一環をなすものである。筆者は鹿島美術財団の授助を得て,1991年5月,共同研究者辻成史(大阪大学文学部教授),大橋哲郎(同技官)とともに,フェティエ近傍のゲミレル島ならびにカラジャ・エレン島を訪れ,本計画の第1回の現地調査を行った。この2島には,中世の建築物の遺構多数があることがこれまでに報されていたが,組織的調査が行われるのは今回がはじめてである。本報告では,以下に両島の主なモニュメントについて大要を記述し,最後に両島の性格をめぐる問題点を述べたい。1.ゲミレル島ゲミレル島は,幅2■300メートルの海峡によって本土から隔てられた,東西1キロメートル余り,南北は最大幅300メートルほどの小島で,中央に標高約100メートルの山を擁する。島の南面と東端は急崚な崖で,建築物は島の中央から北の斜面にかけて展開している。大規模な建築物としては,4宇の聖堂(西から順に「聖堂I■N」と呼ぶ),宮殿らしい大建築物,聖堂IIIと宮殿を結ぶ有蓋の廊下,小堂などがある。この他に,これらの周囲に倉庫,無数の住居跡,大小の墳墓や貯水槽が散在しており,かつてこの島が相当の隆盛を誇ったことを初彿させる。1)聖堂I(平面図1。なお,括孤内の数字は平面図上の箇所を示す)もとは大小二つの聖堂を含む大規模な建築集合であったと考えられるが,海岸のすぐ近くにあるためか,破壊が著しい。北側の建物は,アプスの一部のみが残り(1),その背後はヴォールト天井を持つ周廊となっている(2,3)。その南に隣接して小規模な礼拝堂がある。アプスは石積み,身廊部は岩盤を堀り抜いた基礎が残るが上部の構造物はない。これらの建築の北側には壁やその基礎が東西方向に延びているが,正確な規模は判定しがたい。この壁に沿った(4)の地点に十字架の浮き彫りのある大理石のコラムがあり,その付近では舗床モザイクが数箇所で確認された。究264-
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