鹿島美術研究 年報第8号
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以上の結果に基いて,フォクシング部位に特徴的に存在するL—リンゴ酸,ブドウ糖,y—アミノ酪酸が褐色斑点形成の主因をなし,さらにフォクシング要因カビの最適生育3.第2回国際文化財生物劣化会議の予備調査そこで筆者らは,ブドウ糖とL―リンゴ酸及び上述の7種類のアミノ酸を種々に組合せて麻紙上にスポットし,各種の環境条件に保って褐変反応を示す成分と条件を検討した。その結果,1 %ブドウ糖水溶液と5%y—アミノ酸,オルニチン9/3ーアラニン,グリシン,セリンの各水溶液を各1μlづつ重ねてスポットし,75%RH, 35℃で30■40日間保つと,自然光下で明瞭に識別できる褐色斑点を形成した。その他,75%RH, 25℃ 及び84%RHの25℃と35℃の条件下でも褐色斑点を形成したが,94%RHでは褐色斑点の形成が著しく微弱であった。また,カビに起因するフォクシングは,365nmの紫外線ランプで照射すると黄色系の蛍光を発する。人工的フォクシングの誘起実験に供試した麻紙のテストピースは,365nmの紫外線ランプで照射すると顕著な蛍光を発し,フォクシング形成初期の判別に有効であった。条件が,褐色斑点の最適形成条件とも一致したことを報告した。*絶対好桐性カビ:100%RHでは生育せず,75■94%RHでのみ生育するカビをいう。文化財保存科学の分野における生物劣化への関心が,近年世界の各国で高まってきた。インド国立文化財保存科学研究所が,平成元年(1989年)2月にインドのラクナウで国際文化財生物劣化会議(ICBCPと略記する)を開催し,活発な研究交流が6日間にわたって行なわれた。その最終日に,この会議は今後も継続する必要があるとの提言があり,3年毎に世界の各地で順次開催することが決議された。この後,筆者は次の平成4年(1992)の会議を日本で開催する可能性について打診されたのである。我が国の文化財保存科学は,昭和8年(1933)に発足した古美術保存協議会が母胎となって研究を推進してきた。その当初から文化財の生物劣化に着目し,この分野に生物学者が参加して優れた研究を展開しすでに56年の研究歴がある。さらに,文化財の保存環境は生物劣化と密接な関係があり,この分野でも世界が注目する優れた研究がある。我が国の表具の伝統技術や木造建造物の修復技術は,世界が必要としている技術である。このような背景をもつ我が国で,第2回ICBCPを平成4年(1992)に開催するのは,現在の日本が世界の文化財の保存に貢献できる絶好の機会であり,時宜レンズの曇や刀剣の錆の原因となるカビもこの仲間である。-280

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