1.美術に関する詞査・研究の助成① 宋元時代禅宗人物画の研究(水墨画と頂相)研究者:東京芸術大学美術学部助教授海老根聰郎研究目的:日本にのみ遺存する,中国禅宗人物画についての研究は,水墨画についても,頂相についても,作品紹介,図像の典拠,像主,賛者,画家の伝記研究,鑑識など,個別研究はかなり集積されている。このような状況に向って本研究を計画したのは,次のような点で,従来の研究に欠落があると考えるからである。すなわち,これまでの禅宗人物画をとらえる視点が,あらかじめ中国絵画の他の領域と区別されて設定されているという点である。そのため,水墨人物画にしろ,頂相にしろ,禅宗特有の表現として把握され,あたかも特種な造形表現であるかのように理解されているのである。しかし,両者の表現を,中国絵画の他の人物表現と同じ平面で俯眼してみる時,それらは異なった様相をもって姿を現わすはずである。この研究はこのような思考の枠組をとりはらい,この領域のとらえ直しを目的としている。研究報この研究は当初,二年計画で(1)水墨人物画,(2)頂相について,一年毎にそれらをまとめる予定であった。しかし(2)について着手した結果,一年間ではたりない状況が明らかになり(1)を割愛し,集中的に頂相について研究することに予定を修正せざるをえなくなった。それ故,以下は(2)についての報告である。頂相についての従来の研究は,先の目的の中で記したような思考の枠組の支配がきわめて強い。まず,頂相が他の肖像画と切りはなされて把握され,そして,以下のような順序にそって,思考のフレームワークが組み立てられていく。1.仏教の各宗派には肖像画があるが,それに頂相というネーミングをしているのは禅宗だけである。2.禅宗に肖像画が多いのは,(1)法の授受の証明として,(2)葬儀の中に掛真と呼ばれる一過程があるという,特殊な用途にもとずくのであるが,これは禅宗だけで行われる。ムも,禅宗独特の祖師観などの思考に由来する。3.従って,頂相の造形表現も,禅宗独特なものであって,そこにみられるリアリズ287-
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