鹿島美術研究 年報第8号
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④ ハンス・アルプと20世紀美術1913年の秋に『ソワレ・ド・パリ』誌に発表され,アーキペンコやタトリンらの作家研究者:愛知県総務部文化振興局学芸員村上博哉研究報今世紀の美術史のなかに,ハンス・アルプの芸術観と作品は特殊な位置を占めている。両大戦間の前衛美術の展開をいわば相反する両極として主導したのは,現実の何ものかを想起させる再現的イメージをいっさい否定して芸術作品の自律性を求める抽象美術の理論と,逆に作品を無意識の世界を開拓するための手段と見なしイメージをその成立基盤とするシュールレアリスムの理論である。アルプはこの対照的な性格を持つふたつの運動の両方に主体的に関わった唯ひとりの作家であり,彼の作品は抽象の作家たちからはその形態の純粋さによって,一方シュールレアリストたちからはそのイメージの豊かさによって受け容れられた。彼のこうした特殊な位置は,今世紀の美術を広く展望するための有効な視点になりうると筆者は考えている。彼の活動の跡をたどり,その作品と芸術観について考察することを通じて,20世紀の美術に固有の問題のいくつかを浮かび上がらせることが,この研究の目的である。現在のところ十分な研究成果を得たとは言い難いが,目下考察を続けている三つの問題について概略を記すことによって研究報告としたい。第ーは,アルプがチューリヒ・ダダの中心人物として活動した1910年代後半から,丸彫の彫刻に本格的に取り組むようになった1930年代初頭までの間,彼の制作の中心をなしていた「木製レリーフ」という作品形式の問題である。ピカソが綜合的キュビスム絵画の実験の副産物として生み出した,厚紙,木の板,金属板などを用いるコンストラクションは,伝統的な彫刻の概念に反する卑近な素材,面の重なりから生じる二次元性,面の組合わせによって規定されるネガティヴな空間,さらに彫刻における色彩という,いくつもの問題を提起するものだった。それらのコンストラクションはによる新しい立体造形の探求を促した。それ以来レリーフという形式がそれ自身で独立したジャンルとして,今日にいたるまで多くの作家によってその可能性が追及されていることは,今世紀の美術に特有の現象として注目される。もちろんレリーフそのものは古くから存在し,19世紀のサロンにおいてもひとつの作品形態として制度化されていたが,原則的には建築の装飾に用いるための付随的な技法として存在意義が認められていたと考えられる。20世紀のレリーフの主流となった形式は,ブロンズや石-311

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