シの内側では,同時代のパリの知識人の間で流行した様々な神話的モティーフ,ーチベットの神秘思想やエジプト学などーが混然となり独自の神話的世界が形成されていたとも考えられる。それを証明するために,今回は当時のパリにおけるエジプト学の流行とブランクーシの生死観の関係について考察しようとするものである。これによって新たなブランクーシ像が提示されるばかりではなく,1920年代前後のパリの精神的背景も明らかにされるはずである。⑳ フランス19世紀絵画における「楽園」のテーマー新印象主義を中心に一研究者:武蔵野美術大学講師坂上桂研究目的:フランスの19世紀の絵画には,さまざまな意味で「楽園」を主題とした作品が多くある。シァヴァンヌの「聖なる森」からはじまり,ルノアールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」,ゴーギャンのタヒチでの作品,ゴッホのアルル風景など,何らかの形でこの系譜に位置づけられよう。新印象主義の画家はなかでもこの「楽園」のテーマを多く扱っている。スーラの「グランド・ジャケット島」からシニャックのサン・トロペ風景,さらにはマチスの「豪奢・静寂.悦楽」につながる系譜がそれである。このように19世紀,多くの画家が「楽園」をとりあげた背景には,産業革命により生み出された新しい都市や近代杜会の影特が見逃せない。無名性の都市生活,疎外された冷やかな人間関係,無味乾燥な機械時代の幕開けが敏感な画家たちの多くをこうしたテーマヘかりたてたのである。すなわち「楽園」のテーマはこのような新しい社会情勢をも含めて,当時の美術状況をも浮き彫りにするものであり,たんに美術史的な問題にとどまらない重大な問題をはらんでいる。が,これまでこのテーマは,とくに新印象主義については,ゴーギャンやゴッホ,印象派等とのコンテクストをも考えて体系的に十分検討されることはなかった。そこで本研究では新印象主義を中心に「楽園」のテーマを,広い視野から,社会背景などを十分に加味した上で,検討していきたい。なお,1991年度は折りしも,スーラ歿百年にあたり,欧米では新印象主義の大展覧会も企画されており,この展覧会の取材が,本研究を一層みのり豊かなものにしてくれるものと思う。-37 -
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