鹿島美術研究 年報第8号
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1.美術に関する調査・研究の助成① 日本近世初期絵画における中国宋元画受容の研究研究者:東京国立博物館資料部研究員長岡由美子研究報告:中世以来,中国宋元画の輸入にともない,日本の画家達はそれらをさまざまな方法で学習し受容した。その結果として生まれた日本の水墨画,漢画は,享受者の嗜好と技術的,風土的な条件の相違等々により,もとの中国水墨画から様式的,技法的に種々に変貌をとげた。いまに残る日本の中・近世の作品をみるとき,画家たちが,見知らぬ中国の景観や風物を,独自の解釈と表現法で創造しようとした,さまざまな試行錯誤の過程を画面のうえに辿ることができる。そのような中国絵画の受容に基づく表現法には,主に次のような場合があることが指摘されている。すなわち,画面全体を,夏珪様,馬遠様,孫君沢様等というように,筆様を観者にそれと判るように描く場合や,主題に関わるような人物,動物,景物等個々のモティーフ描写において,中国絵画から形態を借用して,粉本となった原画を想定できるようにする場合などである。この他に,たとえば本来中国水墨画(特に山水図)において本質的なテーマであった,形態として明確に継承することの不可能な,光や湿気を含む大気をいかに表現するかについては、一般に日本の水墨画家はこれを成し得なかったとされることが多いが,近世初期の長谷川等伯(例:東京国立博物館「松林図屏風」)や海北友松(例:建仁寺本坊障壁画,東京国立博物館「山水図屏風」)のように,水墨の涙淡を駆使したり,余白に幻視的効果を負わせて,空間,奥行を表現しようとする例は少なくない。しかし,更に特筆してよいと思われるのは等伯(例:隣華院「山水図襖」),友松(例:MOA美術館「楼閣山水図屏風」)等の場合,水墨画における金泥引きという技法を有効に用いることにより,実際の光源(自然光,ともしび)の加減で,微妙な光と湿気を含む空気とを画面に現出することを試みた点であり,それは当時の日本の室内空間ではかなり効果的な手法であったと考えられる。紙の白と墨の黒との強い対比を,金泥の含む光が微妙な術となって中和させ,深みのある空間を作り出すこの手法は,表現方法こそ違うものの中国水墨画の意図するものと相通じるものがあると思われる。71

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