鹿島美術研究 年報第9号
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れた金雲よりも,自然でかつ複雑な構成とみなすことができる。人物表現面中人物はいずれも非常に小さく,しかもややさみしいくらいにまばらに表わされており,個々の顔貌表現の特徴を説明するのは困難である。そこで,人物の姿態表現に着目することにした。それぞれの人物はみな一様に,やや前傾する姿態をとる点で共通するものの,こまかくみると,前傾する角度や立つ人物の膝の折れる角度,手足の長さの身体全体に対するプロポーションなどに,微妙な違いが認められる。しかし,それは同じ絵師グループ内における各人の筆癖などの違いのように思われる。あくまで基盤は同じとみなせる。そのわずかな違いにもとづいて7面をグループごとに分類すると「直倍」印を捺すものは二手,無款は三手に分かれる。樹木の表現松樹の枝ぶりをはじめ他種の樹木のいわば骨格は,7面すべてにおいてそれぞれ同様であるが,「直信」印を捺す1而は松樹の業叢の猫写が他と異なる。この1面は他の樹木の葉叢も異なる。残る6面はほとんど同じ樹木の表現である。つまり「直信」印は二手に分かれることになる。このように人物表現と樹木表現において同じ「直信」印を捺すものの中にも微妙な表現法の違いが認められる。しかも人物表現での2つのグループと樹木表現での2つのグループは一致しない。金の使用扇面のほとんどを裂う,金雲や地面に施された金色には,その下地に胡粉を用いたものと素地のものとに分けられる。「直信」印を捺すものは全て胡粉の下地である。また,地面の表現には金箔使用と金泥使用とに分けられる。そのうち「直信」印を捺す1面を含む3面は金泥使用で,かつ胡粉下地である。この3面は金箔のみの使用による他の4面と比べて,金の使用が多彩であり,まるで揺かれた場所の空気までも揺き得たような奥行きのある空間表現がなされているのである。これまでに多くの作例が確認されている室町時代制作のやまと絵扇面における,胡粉下地に金箔と金泥との併用という技法との関連が指摘できるのかもしれない。以上をまとめると,「直信」印を捺す扇面を含め,同じ作風である7面の扇面洛中風俗図は,複数の絵師の手になることが判明した。つまり,狩野松栄周辺の絵師たちによって,おそらく大最に制作された扇面洛中風俗図のうちの7面と推察されるのであ-89 -

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