鹿島美術研究 年報第9号
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⑮ プランクーシ作品にみるエジプト「死者の書」の影響ープランクーシ蔵書にみるエジプト学との関わり研究者:東京国立近代美術館主任研究官近藤幸夫コンスタンティン・ブランクーシが,20世紀の彫刻のひとつの偉大な変曲点と呼ぶべき存在であることについては,大方異論のないところであろう。しかしながら,この彫刻家についての分析的研究は,その彫刻史上における存在の重要さに引き比べて決して多いとはいえない。それはこの作家の性格の特異さによるところが大きいといえるだろう。ブランクーシほど自らの作品を読み解く鍵を後世に残さなかった芸術家はあまりいない。それは生前からブランクーシのまわりに常にあった神秘的で一種宗教的ともいえる雰囲気と無縁ではないだろう。これを20世紀初頭,パリにおこった真の神話と解釈するか,あるいは,ブランクーシもまた時代の子であり戦略的にそのようなスタイルをとっていたと解釈するかによってブランクーシ研究は大き〈ふたつに分けられるように思う。因みに,これまでの研究を概観するならば,ブランクーシ研究の始まりは,ルーマニア出身の研究者たちの手によるブランクーシの作品のなかに遥かルーマニアの古代の神話,あるいは民間伝承の遠いひびきを聞き取ろうとする傾向である。まず,ブランクーシに関する最初の研究書として,詳細な評伝と総作品カタログを最初にまとめたイオネル・ジャノーの著作をあげることができるだろう(IonelJIANOU, Brancusi, はエディス・バラスなどがこの流れに属するといえる(PetruCOMARUNESUCO, エリアーデは,プランクーシの代表作である<無限性>とく空間の鳥>を取り上げ,その飛明を媒介とした自由な無限空間への希求がルーマニアの民間伝承を経由した世界各地の原始信仰や神話に共通した應思であり,近代主義の精神のなかで抑圧されつつあった人間の本源的ともいえる宗教的感党が,ブランクーシにおいて現代に蘇ったと解釈する。コマルネスコ,バラスなどは,その豊富なルーマニアの民俗学的知識を駆使して,ルーマニア農村に伝わる民具,装飾模様とブランクーシ作品の形態的類似,民謡神話などとの精神的つながりを指摘する。たしかに,近代文明と隔絶していたといわれるルーマニアの寒村に育ったブランクーシが,パリにおいて自らのアイデンParis 1963)。さらにペトル・コマルネスコ,宗教学者ミルチア・エリアーデ,最近でMirucea ELIADE, Ionel JIANOU, ~, Paris, 1967)。特に105

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