鹿島美術研究 年報第9号
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⑰ 室町絵巻の研究研究者:サントリー美術館主席学芸員棚原絵巻と云えば,従来,平安ー鎌倉時代の絵巻を指し,室町時代のそれについては,どちらかと云えば等閑視されてきた嫌いがあった。これは,この時代が長い絵巻の歴史の中で衰退期と見倣されてきたことによる。確かに室町時代の絵巻は,それ以前の絵巻に較べ,人間観察の鋭さやのびやかで生き生きとした描写,雄大な構想力などと云った点で劣るところがあったかも知れない。しかし,当代の絵巻を仔細に眺めると,室町時代には室町時代なりの新たな展開が見られることもまた疑いのない事実である。その最大のものは,お伽草子絵巻の出現であろう。お伽草子とは,云うまでもなく婦女童幼を主な読者層とした童話風の短編小説の総称で,室町時代になると非常な流行をみ,それはまた即座に絵巻として絵画化されることになった。それらの内容は荒唐無稽なところもあるが,ストーリーは単純で分かり易く何より庶民や時に動・植物などが主人公として活躍しているところにその特色がある。内容の平明化にともなって,その作風にも平明さが求められ,なかには稚拙美とでも呼んでよいようなものまで現われるにいたる。内容,作風両面における平明化,これこそがお伽草子絵巻の最大の特色といってよいだろう。もちろんこうした傾向は,ひとりお伽草子絵巻に限られるものではない。室町時代の絵巻全体にわたる特色であった。お伽草子絵巻とともに,この時代盛んに制作された多くの社寺縁起絵巻にも共通して観察される特色であった。ところでこうした室町期の絵巻制作に最も多く携わり,これをリードしたのは,土佐光信および光茂を筆頭とする土佐派の画家たちであった。その意味で室町時代の絵巻研究は,土佐光信,光茂研究といってもよいであろう。もちろん当代の絵巻を制作したのは,何も土佐派のみではない。狩野派や時には絵をなりわいとしない素人までもがその制作に参加しており,特に後者の存在が当代絵巻の多様さの所以ともなっている。が,そうした非専門的な素人画人の作品には,制作年代などの判明する,いわゆる基準作の設定が難しく,しかも偶発的な制作になるものが多いため,当代絵巻,なかんずくお伽草子絵巻の分野では重要な位置を占めるものとは認めながらも,今回の研究対象から除外した。さて,当代の絵巻画壇において中心的役割を果たした土佐光信と光茂については,悟-114-

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