鹿島美術研究 年報第9号
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永・天明期活躍の磯田湖龍斎,勝川るように葛飾北斎までが挙げられる。珍しいところでは天明8年の司馬江漢の摺物で守国の図柄を借用した作品がある。さて,上方絵本の普及が江戸浮世絵にもたらしたもう一つの重要な内容は,画題面で江戸浮世絵を豊かにしたことである。宝暦・明和という時代を通して,浮世絵画題は格段に豊富になり,見立絵が普及全盛したといえる。それは時代の求めによるものでもあったが,画題を普及させる大きな役割を担ったのが祐信・守国・春卜等の絵本であったと思われる。見立絵は原典のある程度の普及をみなければ成り立たない趣向でもある。しかも文字だけではイメージしにくく,その故事や古典を描いた図が頭に入っていればなおさら楽しみやすいものであった。これらの絵本では古典・故事,また春卜の絵本では古画の知識を,文字・図両方で容易に得ることができる。博学であったこれらの上方絵師の提供する情報量は実に膨大で,これを参照して新しい画題を試みることが多かったと思われる。春信がよくした古典和歌の見立絵も,和歌を配し,その和歌にかよわせた内容の当世女性風俗画を描いた祐信の絵本などが,発想の原典なのであろう。以上のように上方絵本が長期にわたり,図様,画題などにおいて江戸浮世絵に大きく影閻したことについて調査の断片を述べたが,上方絵本の影籾力と同時に感心させられたのは,これらの絵本を柔軟に受け入れ,見事に昇華させた江戸浮世絵師たちのカである。その力が,江戸独自の文化に目覚めつつあった宝暦・明和の時代性に深くかかわっていたことは十分考慮されるべきであろう。北尾重政,鳥居清長,またすでに指摘のあ-124

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