『法住記』の所説にしたかって十六羅嘆の諄名と,その所在地を記した短‘fl!]•か貼りこ⑤普賢十羅刹女像1幅絹本著色①・②・⑤は寺伝では一具のものとされており,画面の法量もほぼ似通っている。また表装も同ーで,蓋表に「十六羅漢」と記された(墨書)木箱に一緒に納められている。なお,⑪阿弥陀如来像も同一の表装で同じ木箱に納められるものであるが,こちらは表装自体もやや小振りで,画面法量も98.6X 37. lcmとなっている。さて,まず②十六羅漢像については,東京国立博物館本(聖衆来迎寺旧蔵)を第一の古例とする,いわゆる和様十六羅漠像の系統にあるものとして知られる。滋賀長涛寺本,法隆寺本等もこの系統に属する作例である。鶴林寺本は,すでに記したように画面の損傷が甚だ大きく,ほとんどの幅に大きく画絹を欠失した部分があり,それぞれ図柄を紙本に後補している。のこった部分の画絹もやつれが目立ち,彩色ののこり具合も良好とはいえない。また各幅圃面右上方にまれる。ただ,短冊を後補している第二,六,十二各諄者の図柄は東博本と聞駈をきたしている。(それぞれ第六,十二,二諄者にあたる。)およそ以上のような現状を示すなかで,羅嘆を含めた画而全体が比較的よく保たれているのは第十三諄者の幅で,肉身をかたどる愚線,これより太めに衣文をあらわすやや肥痩のある墨線などが観察できる。また頬や腕,胸には暖かみのある赤肉色がぬられ,袈裟には照隈風に明るめの朱を彩色している。前方に立つ従者たちの少し誇張された身振りや表情,また済衣の彩色等にも生彩ある表現をみることができる。他幅に多く描かれる樹木等の自然景や,建築物の装飾などの表現には緻密さを欠くものがあるか,法隆寺本よりもその図柄の省略は少ない。従米②についてふれられた文献をみてみると,その制作年代については鎌倉初期,十四祉紀,十六世紀(室町時代)等かなり幅がある。つぎに,先述のとおり一具として伝わる①釈迦如来像であるか,この釈迦は訥衣と袈裟を偏担右肩に着し,右手を胸前にあげて第一,三,四指を念じ,左手は全五指をのばし膝上に安ずる説法印の一種を結ぶ。左足を踏み下して踏割蓮台にのせる半珈の姿勢をとって宝座に椅座する。また頭光を囲むように三本の宝樹が揺かれ,連弁が舞っている。これは『法華経』所縁のいわゆる霊山浄土(釈迦説法)像とみられ,半珈像にあらわされる点が特徴的であるとおもわれる。羅漢供の起こり,あるいはその造99. 4 x 42. 6cm 127
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