写真で構成された<占領〉は,キーファー自身がヒットラーヘの敬礼のポーズをとっているが,この作品は明らかに海を背景にした後ろ姿の人物像を描いたフリードリヒのく雲海を見おろす散策者〉の引用である。さらにナチの建築物のなかに画家を象徴するパレットが配置されたく無名の画家に捧ぐ〉と,フリードリヒのくウルリヒ・フォン・フッテンの墓〉を比較すると,その構成の類似点は意外なほど明らかである。画面の大部分を止める建物のシンメトリカルな構造,中央の奥まった一角に死の象徴としてのパレットと石棺。とくにく無名の画家に捧ぐ〉の黒いパレットとくフッテンの墓〉を見守る青年の黒い衣装はわれわれの注意を促す。くフッテンの墓〉はナショナリズム運動に対しての締めつけの厳しいウィーン体制下で祖国を疑屈したものであると言われ,また,解放への想いが戦没者への追想のなかに一屈深まっていることを示しているという。く無名の画家に捧ぐ〉がナチズムを扱っているように両作品とも政治的な背屎のうちに,机国ドイツヘの想いか描かれているのである。キーファーの作品は「場」を巧妙に取り入れる。「場」を一つの心象的な空間として抽くことにおいて,戦後芸術のなかでも際立った存在と言えよう。なかでもく屋根裏部屋〉シリーズは「場」の問題において重要である。人気のない,閑散とした屋根裏。床に整然と並ぶ木板は節目や年輪に至るまで非常に細密に表され,キーファー特有のパースペクティヴは室内を奥深く描き出す。<屋根裏部屋〉シリーズはそれぞれの題名が示すものの「場」となる。<父,子,聖霊〉では,室内に三脚の椅子,その上にそれぞれ火が灯されているだけである。屋根裏部屋は宗教的な「場」にとどまらず,ドイツ・北欧神話を題材とした<ノートゥンク〉(ニーベルンゲンの伝説より)など,さまざまな「場」になりながら,一つの形而上的空間へと変貌している。〈ドイツ精神の英雄〉はこのシリーズの集大成である。ドイツの歴史に残る人物の名が床に記入され,それぞれの上に永遠を象徴するたいまつの火が灯され,厳粛な雰囲気をかもしだしている。「英雄」のなかには四人の芸術家が含まれているが,フリードリヒを始め,アーノルト・ベックリン,ヨーゼフ・ボイスといったキーファーに共通する,具体的な対象描写とその象徴性に特色を持つ芸術家であることに注目したい。ここでフリードリヒの室内圃を思い起こしてみよう。<アトリエからの眺め〉やく窓-137
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