鹿島美術研究 年報第9号
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辺の婦人〉も風景画と同じように,主観的な光景であることは美術史家の一致した見解である。窓の外への憧れは,彼岸への憧れに通じる。〈アトリエの窓からの眺め〉はそのシンメトリカルで,幾何学的な構成のために感情的な表現は理解しにくいが,しかし,この場合も象徴によって彼岸への想いを語っている。最近の研究によれば,窓の壁に掛けられているはさみは生命の糸を断ち切るギリシャ神話の女神を,遠くに見えるポプラは死を象徴するところから,ェルベ川は彼岸への冥府の川,窓に映ずる桟の十字架はキリストの傑刑を意味するという。フリードリヒとキーファーは瞑想し,思考し,イメージを広げていくそのアトリエを自己発見の「場」として捉えるだけでなく,それを絵画空間の「場」として描き出すことにおいてきわめて近い芸術的視点を有していると言えるだろう。キーファーはコラージュ・ヴィジョン,素材の物質性,異化作用といったさまざまな現代のフィルターを通しながら,ドイツ・ロマン派の追求した内面性を重視する。従来,ドイツ絵画の表現主義的な側面が強調されてきたが,キーファーを頂点とする象徴主義的系譜を明らかにすることによって,始めて戦後のドイツ芸術は体系化できるように思われる。以上のキーファー論は未だ研究のテーマの一部であり,今後は,ボイス,キーファーといった象徴主義的な系譜,および,20世紀初期のブリュッケから今日のバゼリッツやベルリンの「激しい絵画」のグループに至るまでの表現主義的系譜を考えていきたい。-138

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