蔵)は,色々な鳥や虫などの写生を羅列した,中国絵画史上では現存することが珍しい画稿と考えられる画巻である。この図のモチーフが使用されている例として,雛雀図(東京国立博物館蔵)が指摘できる。籠から落ちた右下の子雀は,写生図巻の雛を左右反転し,やや側面からの視点で描かれている。これは,直接写されたのではなく,雛雀の典型的な姿として宋代絵画において定型化されていたと考えた方がよい。さらに雛雀図の籠の縁に止まる二羽の雛雀は,台北・国立故宮博物院所蔵の楊柳乳雀図団扇に類似したものが見出せる。この場合も同様に解釈できよう。南宋院体画は,基本的に三次元空間の再現を目指し,写実性の追求を命題とした。故に,元代以後の文人圃のように,古圃より借用したモチーフをそれとわかるように使用し,典拠を誇示するような既成のモチーフの利用法とは異なる。各モチーフは違和感なく結合し,圃面に自然な空間を構築しなければならない。そして,それは南宋院体圃においては,水晃技法を中核として確立されていた。例えば,花烏圃では主要なモチーフである花木禽獣は,実在感を表出するために,必要にして十分な陰影が施されている。ただし,中国絵画は,基本的に,強烈な陰影法を否定する方向にあり,その陰影法は微妙であり,要所のみであるため目立ちはしない。例に挙げた図の実や薬は陰影法が用いられているか,その著色方法は墨の使用技きには考えられない。また,場合によっては,モチーフを包む立体的な空間を再現するために,背景には淡墨を微かに掃いて明暗の調子を整え,不用な景物を省略し,観るものの想像力を喚起し,写実的な描写か逹成されている。例えば,大和文華館蔵の伝毛益筆菅草遊狗図では画面上部には薄墨が掃かれているのが確認でき,濃彩の著色画ではあるか,水墨技法かその空間構成に重要な役割を果たしている。こうした淡墨による大気表現や立体感の表出は,北宋時代に完成されており,南宋時代の画院画家はそれを受け継いでいる。南宋の圃院の最盛期は,孝宗,光宗の両朝および寧宗朝の前半までであり,当時の画院画家であれば,、水墨技法によって大気や空間の表現が可能であったために,既成のモチーフを組合せて,圃面を再構成しても破綻を見せなかったであろう。けれども,南宋末に向かって画院の水準が下かって行くと,同様のことを行なってもそうした空間構成は困難になり,創造性も欠如し,先人の単なる模写で満足することも増えたに違いない。-163
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