鹿島美術研究 年報第9号
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修道会(derOrden unser lieben Frauen Bruder vom Berg Karmel)」ということからも分かるように,聖母崇拝を中心とする修道会だったからである。それにもかかわらず,付属教会堂の主祭堕がマリア祭坦でなかったこと,しかも同教会内に大規模なマリア祭燈がなかったらしいことは,おそらく就任したばかりのアンドレアスにとっても寇外だったに違いない。また,この修道会の起源は旧約の預言者エリアに発するとされるが,旧来の諸祭坦には,翼部のテーマをも含めて一切エリアに関するものがない。これもきわめて奇妙なことといえるだろう。こうしてみると,アンドレアス就任以前のニュルンベルク,カルメル会修道院には,カルメル会の独自性を強調するような祭坦が欠けていたということになろう。これは意欲に満ちた新修道院長が新しい主祭堕を必要とするに十分な理由だったように思われる。そして現存する『バンベルク祭坦』は,マリア伝を主テーマとし,翼部リュネットに「荒野の預言者エリア」を表すことで,これらの要求を十分に満たしているのである。これらによって,これまでほとんど触れられなかった『バンベルク祭壇』依頼時の,依頼主の意図が明らかになろう。ところでこの作品には,後期中世の木彫祭壇には珍しく,素描による全体構想が現存している。筆者は,所蔵主であるクラクフのヤギェウォ大学付属博物館のご厚意により,その下絵とを綿密に観察することができた。そこで完成作と下絵とを比較検討すると,かなりの相違点が存在することに気づく。もちろん現在の完成作の状態は,原状のままではない。プレデッラ,翼部の一部,頂部などは失われている。そこで,ここでは保存状態の比較的良好な開時中央部「降誕」について現存作と下絵とを比較してみたい。この部分も実は再構成の試論がいくつか提出されており,比較とはいってもそれほど容易ではないのだが,再構成に関係のない部分で鮮明な対照を示す二つの点に絞り異同を検討したいと思う。まず第一に,右端の天使に大きな相違が見られる。下絵では十字架を持たないのに,完成作では楽器とともに十字架を持つように変更されている。これはもちろんキリスト受難への言及である。これに関連して,中央部マリアの奥に位置する円柱を持つ人物が,下絵では羊飼いだったのが,天使へと変わっている。通常,降誕場面での柱は,擬ボナヴェントゥーラ『キリストの生涯の瞑想』に基づく,出産時にマリアがもたれかかった柱を指すわけだが,羊飼いの替わりに天使が持つことによって,キリストか鞭打ちされた受難具としての柱をも指示するようになったのである。これらは,通常-168-

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