⑪ 鎌倉時代における弥勒菩薩画像と弥勒信仰研究者:学習院大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士後期課程本研究は,鎌倉時代に制作されたと考えられている弥勒菩薩画像数点に対し実際に調査を行い,その特色や制作年代を明確にすると同時に,その作業を通じて鎌倉時代の弥勒菩薩の画像と信仰の展開を総合的に把握しようとするものであった。そこで,さきに宝山寺の弥勒菩薩画像(13C作)について研究した関係から,同じく法相系の弥勒が描かれている法相宗曼荼羅の中で,まず根津美術館所蔵の一本に着手した。ところがこの作品は,弥勒菩薩以外の諄像に関しても様々な問題点を含んでいることがわかり,結局根津美術館本に対する研究だけで一年の大半を費やしてしまうこととなった。したがってこの研究報告は,根津美術館本の調査結果および研究過程の途中報告とさせていただきたい。①現状・構図本図の法量は縦109.6cm,横55.6cm,絹継ぎのない一副一鋪の掛幅である。部分的に顔料の剥落,退色が認められるか,絹地の欠失により図様確認の困難な箇所がないことは幸いである。本図の伝来は明かでなく,箱書等にも旧所蔵に関する情報はない。縦長の画面の上半分に釈迦を描き,下半分には弥勒および法相宗の祖師11人を左右6人ずつ,前後に重なり合うように配置する。弥勒・祖師には傍らに短冊形が付されており,それによれば釈迦の左手最上段に慈氏菩薩(弥勒),その下に世親,次に戒賢,慈楊,撲楊,善珠,右のグループは最上段に無著,その下に護法,次に濯洲I,玄訪,真興である。本図の大きな特色は釈迦が主諄として描かれている点であり,弥勒を中とする他の法相宗曼荼羅と大きく異なっている。ここには,法相宗の教主としての弥勒と,鎌倉時代の南都において強調された釈迦の後継者としての弥勒という二つの性格が統合されている。また祖師の配列も,無著以下付法の順に上から下へと左右交互に振り分けて整然とした序列を示しており,ボストン美術館本(13C作)のように十大論師をも交えた団魂的構成をとる作例との間に差異か認められる。更に弥勒は祖師よりやや大きく描かれるため,左向かって最上段の無著は右の弥勒より頭部が低い位置になり,弥勒から無著へという流れが明確に示される。したがって本図は,釈迦一弥勒ー無著一世親…と田典代184
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