201.0センチ,横166.0センチの,やや縦に長い画面になっている。画面は,浄土寺本が右手枕をして宝床に横たわり,宝床の周囲に大勢の_蒋薩•仏弟子・天・俗形人物・ここに報告したい。真珠院本は,絹本著色で,画面の周囲には描表装かあり,この描表装を含めて,縦と同様に仏涅槃図を中心にしてその左右辺に幅15センチほどの細長い画面を区画して,釈尊の入滅の前後に起こった六つの事件を描いている。ただし,浄土寺本のように場面と場面の間に区画線を引かず,場面と場面の間に山岳や樹木を描いて画面を縦長に接続している。保存は比較的良好であるが,一部に大きく絹の欠失している部分があり,図様の判然としないところがある。左右辺の区画内に描かれた場面は,左辺下から葬送の行列・迦葉接足の二場面と絹欠失のため解釈不能の場面,右辺下から宝棺供養・荼毘・舎利供養となる。それらの六場面の内,左最下の葬送の行列の場面と右最下の宝棺供養の場面はわが国の涅槃変相図にはあまり見かけない珍しい表現である。以下真珠院本涅槃変相図の特徴を述べたい。まず,中心の仏涅槃の場面では,釈雌動物が参巣している。釈諄は右手枕をして膝をllhげないで宝床に横たわっているか,宝床は向かって右の側面が描かれている点は興味深い。こうした釈尊の姿は鎌倉時代以降一般にみられる新しい形式といえるか`,膝を1:II、Iげないで右手枕をする姿は比較的珍しい姿勢といえる。また,宝床の描き方は金隅峯寺にある応徳三年銘仏涅槃図までさかのはる古い要素をうかかうことができ,釈迦の姿勢にも平安時代の古い仏涅槃図の名残を認めることができよう。左右辺には,葬送の行列・迦築接足・宝棺供養・荼毘・舎利供養の五場面と解釈できないー場面が描かれるか,いくつかの特徴的な表現がみられる。まず,左辺の一番下の場面は,険しく高い山岳の中を,多数の苔薩衆や比丘衆が天盗のような赤い屋根のついた屋形を山の頂上へと運んで行く行列が拙かれ,その行列の先頭には二人の金剛力士が岩を砕いている。こうした表現は他の涅槃変相図には見られないが,本図の中での他の諸場面との連続性を考屈すると,この行列は釈諄の遺体を運んでいるところ,すなわち葬送の行列の場面と解釈することが最も適当と思われる。次に右辺最下の場面は山岳に囲まれた平地で蒋薩や比丘か大勢見守る中,国王あるいは大臣風の人物が手に壺を持ち中央の棺に水あるいは香水のような液状のものを注いでいる。この表現もわが国の涅槃変相図ではあまり見かけない表現であるが,『大般涅槃経後分』に説かれるように釈諄の遣体が荼毘所に到着した後は一切大衆が釈尊の逍体や宝棺を香-199-
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