鹿島美術研究 年報第9号
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果していた。ところで古代ローマではヤヌスの杜で戦時,東西両門を開き戦勝を期したが,ピサの皇帝廟一階屈は窓を開けて軍団の出征を見送り,勝利の帰還迄祈るという古代異教的空間としてあったと思われる。ローマのアウグストゥスの平和祭坦も東西両開口部を備えたが,西面はヴェルギリウスのアエネイスの主人公父子が浮彫りされていた。アヴグストゥスよりもたらされたローマの平和と黄金時代への回帰の顧いが窓と父子像を伴なうピサの祭坦の特殊形態をはぐくみ,ヤヌスの社としての設定と合わせ和戦両様に通じる古代ローマ的シンボリズムをそこに認め得るのである。又建築的枠組に於ける同様の性格づけとして,トライアヌス及びマルクスアウレリウス両帝記念円柱や凱旋門への意識が指摘される。一方,帝墓の壮大さの旧約,新約的解釈としてノアの方舟,ソロモンの神殿,キリストの墓への意識等もあげられるが,ここで神学的要素にちなみ,ピサ期ティーノのハインリッヒ七世に関わる一連の作品群で昨今私の強調したフィオーレのヨアキム的理念,人類史に於ける父と子に続く聖霊,第三の段階の到米を皇帝の登場に見た当時のダンテに代表される千年王国的ユートビア思想を強調しなければならない。第三の段階への願望は帝墓の三層構造各層の彫刻配置で様々見極められるか,それは又ダンテ的世界の反映でもある。聖三位一体の祭坦奥,聖霊の入口としての窓から黄金時代到来への展望がなされる。しかも窓面に映じているのは現実のピサが正しき遠近法で把えられた姿であり,それは又善政の象徴たる光景として受けとられよう。祭坦の丸彫彫刻を支える基台として四福音書記者が浮彫りされるがその上奥に窓が存在しそれはヨアキム主義者の主張した永遠の福音の象徴となっている。四大元素の結実としての煉瓦に囲まれた窓は又第五要素から生まれる黄金の概念に裏付けられた錬金術的象徴の空間で,黄金時代の到来を待ち望んでいる。黄金世界は東側に望まれ,私はここでマルコ・ポーロによる東方ジパング紹介のモニュメント芸術に於ける初の反翠漿を見てとりたく思う。いずれにせよ帝墓の示した新時代性として古代回帰,聖俗の一致,肖像レアリズム,ヨアキム的理念,ダンテ性,錬金術的象徴,東方世界への憧れ等が強調され,それはイタリアの築き得た神聖ローマ皇帝の稀なる壮大な墓という杜会性,歴史性の重みからしても「世界と人間の発見」としてのルネッサンス形成に各方面で多大の影評をなし得たものと思われる。ではこの度の研究で得た成果の例としてフィレンツェヘの影籾を中心に紙面の許す限り述べたく思うが,そこでは単に帝墓の構造,形体,つまり視覚性を外的に把え,206-

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