鹿島美術研究 年報第9号
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⑫ 鎌倉中期の善派仏師の研究51歳の愛染明王像は念怒相を表す顔つきであるから,これまでのような比較は難しい研究者:奈良県教育委員会事務局文化財保存課主査鈴木喜博鎌倉中期に活躍した善派仏師,ように五件の遺品が知られている。承久3年(1221)奈良国立博物館所蔵十一面観音像(25歳)嘉禄元年(1225)東大寺指図堂釈迦如来坐像(29歳)貞応2〜嘉禄元年(1223■26)アジアソサエティ地蔵菩薩立像(27■30歳)延応2年(1240)薬師寺地蔵菩薩立像(44歳)宝治元年(1247)西大寺愛染明王坐像(51歳)これらは小品ではあるものの,年齢差によって善円の個人様式の変遷が明瞭にたどることかでき,鎌倉仏師研究に興味深い視点を提供している。25歳の十一面観音像では肉どりが健康的な張りをもって膨らみ,目尻が切れ上がり,若々しい容貌を表している。29歳の釈迦如来像も同趣の傾向を示し,鼻筋が通り,球体を思わす頬の肉付けが印象的である。衣文表現に彼の技量をうかがうことができ,かつて彼の壮年期の作とも唱えられたことがあったが,衣文の動きは流暢で,勢いよく流れるように整えられている。この二つの像は善円初期の小品であるが,彫刻的には充実したモデリングをなお残しており,当代慶派仏師の作例と時代感覚を共有している。しかし,小品であるがゆえに小じまりにまとまるという宿命が若い善円の感性の中にすでに垣間見ることができるのは興味深い。27歳から30歳までの間に造られた地蔵菩薩像は繊細な感覚が表れ,全体に女性的なつつましさとやさしさの感情がより強く印象付けられ,肉どりの張りも前記二像に比べるとかなり和らいでいる。44歳の地蔵菩薩像になると,張りがあって充満するモデリングは失せ,腰をかがめる動きをとるものの,静的な趣が求められ,整備されたまとまりのよさが特色のひとつにあげられる。篇算になった容貌は善円20歳代の作品にみる鼻筋の通った秀麗な顔だちの延長線上にある。微妙な抑揚が加えられた目の視線は,20歳代の生硬で,若やいだ感じの目から40歳代の清潔感の伴う意志的な目の表現に変化する違いを示しており,一人の個人様式の変遷の中でその変化を確実にたどることができる。ここで面白いのは善円の造形的特徴の一つとして,口唇の形態が口元の表情とともに同一人の癖として眺められることであろう。は建久8年(1197)の生まれで,以下に述べる-234

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