鹿島美術研究 年報第9号
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⑭ 初期写真印刷と複製美術の推移に関する研究研究者:京都国立博物館専門職員金井杜男複製についてくは,経典や図像の写本などの書写,模写による複製制作があった。宗教的な伝播という実用目的をかなえる方法として,複製はさかんに用いられていた。それは筆で書き写すという手作業である。模写以外で版画的技法をもって複製するものとしては,古代からあった印章があげられる。(古代ギリシャの複製技術は鋳造と刻印で,ブロンズとコイン,テラコッタなどである。)ついで,中国では7世紀,日本では8世紀(764年称徳天皇の勅願による百万塔陀羅尼の印刷),西洋では15世紀初頭に「木版印刷」が使われ始めた。銅版画は西洋で15世紀,木版に少し遅れる時期,石版も西洋で18■1911:l:紀初頭に始まる。これら版画技術のどれも,原本を模写する作業工程なしにできるものではない。写真技術の介在しない時代には,複製は基本的には「模写」であったとして差し支えないだろう。ところで,写経では経典の一字一字を正確に写し取ることがもっとも重大な課題となる。この写経の精度と制作能率をあげるために使われた木版本は,すでに宋代に作製されたことも知られている。製作にあたり,原本の体裁,書式など,様式をも併せて模することを,まった<配慮しないことは稀である。複製は,(もちろん写経をはじめ図像も含めて),多少とも図像学的な基準を意識しておこなわれる。内容と様式を切り離しては,原本の持つ意味すべてを写し取ったと納得できないということであろう。宗教画や経典でなくても,模写,複製を作製しようとすれば,内容と共に様式を考囮に入れようとする。こうした考えは,複製の際に常にエ夫され,実行されてきたのである。しかし,いつでも完全に近い複製が作られた訳ではない。製作する表装や寸法,素材の質にまでこだわって原本の再現を試みる場合もあるが,表装部分を省略して簡単にしたり,縮小することもある。色刷りの数も単色,2色,3色……などさまざまである。書誌学者の川瀬一馬氏は,『日本書誌学会で種々術語を取り決めた際,原本の内容の-240-

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