鹿島美術研究 年報第9号
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ある。ゼロスパン法(ZeroSpan Tenstil Strength)とは,このつかみの間隔をなしに,つまりゼロ距離あるいはごく近い部分をつかんで測定する方法である。この方法によると,紙の試験片内の繊維のからみ状況とは関係なしに,繊維そのものだけの強度を測ることができる。そして,この試験方法には,もう一つの特徴がある。それは試験片が100%の含水量であっても測定ができることである。したがって,試験片のセルローズの耐水性質つまりぬれている時の強度を知ることができる。紙の中のセルローズは濡らすと本米の木質と同様な性質に,枯れた枝はたやすく折れるが,生木は折りに〈いというようになる。私のおこなったゼロスパン法によるデータにもその特徴が示された。しかし,燻蒸による強度変化については,数多くの測定を繰り返したが,燻蒸時間や紙質の変化,ゼロスパンの荷重の変化,そしてつかみの間隔の変化などの各条件によっても燻蒸による影聾はみられなかった。カナダ国立文化財研究所の「環境と劣化の調査研究室」の室長であり,今回の研究のチーフアドバイザーであるチャールス・コスタイン氏からは研究の要のアドバイスから基礎的なことまで多大な助力を賜り,多くのことを学ぶことができた。彼はデータのグラフ作りはコンピューターに頼らず,自分で計算をしてそれをまず手書きで,できるだけ美しい大きな図表を書くことを私に要求したのであった。日本にいる時私は,実験の作図はコンピューターに頼っていたため,これは私にとってかなり手間のかかることであった。彼の説明によると,手書きによって数多くのグラフを作成すると,データの前後が読めるようになるということであった。機械に頼ったグラフ作成では,機械が表現している範囲以内しか読めないということである。私はそのため,風光明媚なオタワに来て,週末は観光に時間を使いたかったのだが,この宿題のためアパートの一室で,中学時代によく書いたような折れ線グラフを色鉛筆を使用して美しく仕上げるため時間を費やしていた。そのうちにアパートの部屋にこもっている週末では,あまりにももったいなく感ぜられ,町の真ん中を流れる運河の脇の公園のピィクニックアーリアのテーブルで,またある時はモダンな美術館のコーヒーショップ内で,そして秋には透き通る真っ赤なメープルの葉が舞い落ちる公園のベンチでと場所を移してカナダにいることを満喫しながらこの宿題に取り組んでいた。そして月曜日ごとに,私が作成したこの手書きのグラフを研究室の床にならべ,この研究のスタッフ5人と,それから他の博物館や図書館からも専門家が来て次ぎに進める実験の条件などについて話し合った。こうして300枚ほどの手書きのグラフ作成に苦労をしてみ280-

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