② 中世ヨーロッパの聖書写本挿絵に関する図像学的研究510)である。880年頃,コンスタンティノープルにおいて,時の総主教フォティオスFol.炉は上下2段に枠取りされ,下のほぼ正方形の画枠の中には,旧約聖書のヨナ1)ニネベの町へ行くようにとの主の言葉を受けたヨナは,この命を恐れ,ヨッパの研究者:活水女子大学講師石塚本研究の中心となる作品は,いわゆる「パリの510番」(パリ,国立図書館,Cod.gr. の注文に基づいて制作され,時の皇帝でマケドニア朝の創始者であるバシレイオスI世に献上されたものと考えられている。写本のテキストは,4世紀のカッパドキアの教父ナジアンズスのグレゴリオスの説教及び書筒を編集したもので,挿絵は多くの場合,各説教の冒頭に1ページ全体を種々の方法で使って描かれている。図像のレバートリーは多様で,旧約,新約両聖書場面の他に,皇帝伝その他の年代記的図像,諸聖人の聖人伝的図像,殉教場面,肖像等を含む。本写本が成立した9世紀後半は,ビザンテイン帝国において8世紀以来大きな問題となっていた聖像論争が840年代に終結し,中期ビザンティン美術が形成されていく途上の,美術史上の転換期であった。このような時代に,「パリの510番」が有する多様な諸図像は,どのような手本に基づいて抽かれ,またその伝統はどのように継承され,あるいは変更されていったのだろうか。またそれらの図像はどのように選択され,配置されたのだろうか。この写本の挿絵についての包括的な図像学的研究は近年本格化しつつあるが,一方で,1929年に出版されたファクシミリの中に見られる誤った図像の同定か未だに修正されていない。挿絵が説話的図像である場合は,その物語の説話的表現にどのような系譜が存在し,「パリの510番」の中の図像表現はどの系譜に属するのか,という問いも重要である。ここでは,報告者が本年度行ない,現在も継続中の「パリの510番」に関する諸研究の中から,ヨナの物語を描いた挿絵についての研究を一例として報告したい。書に語られるヨナの数奇な体験が揺かれている。このサイクルは5つの図像から成り,各図像は全体を囲む1つの画枠の中で連続的に展開している。町に行き,そこから船に乗ってタルシシュヘ逃れようとした(ヨナ書1章1-3節)。「パリの510番」では,この様子が,画面左上の町と,その右側にあって船員達が帆を張ろうとしている船,その船に乗り込もうとしているョナとによって表現されている。晃(平成2年度助成)-308-
元のページ ../index.html#330