鹿島美術研究 年報第9号
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の510番」のヨナの挿絵は,司祭への叙任を恐れて一時ポントゥスヘ逃れ,しばらくし「パリの510番」の挿絵と非常に高い類似を示しており,「パリの510番」とヴァトペディ修道院の詩篇本が同じ系譜に属することは疑いない。ヴァトペディ修道院の詩篇本のサイクルには,「パリの510番」においては最初の図像であったヨッパからタルシシュ行きの船に乗り込むヨナの図像が存在しない。「パリで帰遥するという,ヨナの逃避行にも似た行ないをしたナジアンズスのグレゴリオスが,自らの逃避を弁明して著した説教への冒頭挿絵として抽かれたものである。その説教の中でグレゴリオスは,ヨナは神の目を逃れようとしたのではないと述べて一連のヨナの行ないや体験の紅味を解釈し,ヨッパからの船廿:iについても言及している。「パリの510番」のサイクルにおける特徴ある図像構成,且llち,海に投げ込まれるヨナ,海獣の口から吐き出されるヨナ,とうごまの下で安らくヨナ,という初期キリスト教美術以来の伝統的な3図像か圃面の側方に配され,代わって,主の命に従う決心をしてニネベの人々に詞iるヨナが圃面下部の中央にひときわ堂々と揺かれ,それに対応するように,ヨッパヘのヨナの船出の図も大きく描かれるという画而構成は,グレゴリオスの説教の滋図と内容によって説明されるだろう。ヴァティカン図書館所蔵の「コスマス・インディコプレウステスのキリスト教的祉界誌(Cod.gr. 699)」の中のヨナの図像サイクルは,91lt紀から伝わるもう1つの作例である。その図像構成と各図像のタイプは,この挿絵が初期キリスト教時代の石棺レリーフに非常に近い関係にあることをうかがわせている。「パリの510番」においても,ニネベの人々に語るヨナの彫塑的な表現や,統一的な風屎のI:I1に図像サイクルが展聞されること等,古代或いは初期キリスト時代的ともいえるモードが観察される。これらの特徴から,「パリの510番」の挿絵の制作環境の一部としての古代から初期キリスト教時代の美術について,どのような考察が可能だろうか。今後の課題である。以上,「パリの510番」の挿絵についての図像学的研究のうち,ョナの挿絵について,キスト,ナジアンズスのグレゴリオスの説教,ヨナの図像サイクルの諸系譜との関係において考察した研究の概要である。311-

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