鹿島美術研究 年報第9号
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⑤ 能装束における意匠構成の研究したがって,個々の作品の調査・検討・分析によって,できるだけ厳密な編年がもし可能ならば,逆にこれに基づき,個人様式の展開の必然性が理解でき,作品の真偽の問題についても,何らかの基準を設定することができるだろう。更にこれらの試みを通して,他の作品や時代様式・地域様式からの影籾関係を探ることができ,延いては,雪村の近世的な表現への橋渡しの役割としての位置付けも可能になると思われる。研究者:財団法人根津美術館およそ600年の歴史をもつ能は,大成者である世阿称が将軍足利義満の後援を受けてより,上流階級の庇護のもとで発展し,江戸時代には武家の式楽として優遇された。その結果,能楽の文化は頂点に達し,極めて洗練された滋匠に彩られた装束が競って作られるようになった。しかしながら,保護者を失った明治維新以後においては,その保存や製作の困難さを理由に,往時の技術・技法が失われつつあるのが現状である。まず,現存する能装束が,どこにどのような状態で残されているのか調査することか第一であろう。流派や所有者の明確な装束は言うまでもなく賞重な資料であるが,他にも,生地の傷んだ部分を調査することにより,扮装の解明の糸口となることがある。第二に,装束そのものから離れ,能役者の伝書・型付集などの記録を調査することにより,その時代の装束の使い方が理解される。たとえば,特定の役者が,ある演目のために特別に作らせた装束が,その所属する流派で慣例化することなどがあるからである。また,第三の点として,装束に使われる意匠が謡曲の歌詞内容と深〈拘わっているため,現行曲に無い,廃曲となった演目も含めて,過去に刊行された謡本の調査が不可欠である。以上の前述の3点は,演能の情景が描かれた書画類にとりあげられた演者の扮装から検証し,裏付けを取ることができるため,能の情景が揺かれた洛中洛外図や寺社の参詣絵巻など,絵画史から時代考証が可能なものは出来るかぎり調査したい。特に,美術絵画を調査することにより,今まで国文学や芸能史の文献上から推測されてきた“演出論”が具体的に証明され,考察を加えられることであろう。360 正田夏子

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