鹿島美術研究 年報第9号
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⑭ 形態の重なり合いと奥行の問題応用は多様であるとともに,さまざまな発展形態を生んだ。この調査研究では,その発展の痕を追跡して行きたいと思うが,それはとりもなおさず,ヨーロッパ絵画の表現法がどのようなかたちで日本に土着化していったかを跡付けることになるのではないかと思う。ーカンディンスキー後期の造形語法一研究者:東京国立近代美術館研究員文部技官中林和雄例えばルネサンスの絵画において線遠近法の問題が,時には時代の科学的精神との関連において,時には象徴的形式として,というように,単なる一構成技法といった枠組みを越えて論じられているような意味で,20世紀前半の絵画が一般的に対面していた問題状況を的確に含み込みつつ,しかも一個一個の作品に即した形で語り得るような切り口か,今,必要である。カンディンスキーは「表現主義的」だったのか,ロシア構成主義とは一線を画す人なのか,キュビスムから多く影秤を受けたか否か,といったイズムの系譜学はひとまず留保して,彼の圃面に現れる具体的な語法から出発して,その絵画的滋味と,美術史的位置づけを検討してみたい。「対象」を捨てた今世紀の絵画は,同時にまた写すべき「奥行き」をも失い,自らそれを定立することがそこでの急務となった。カンディンスキーが二つの形態の重なり合い部分を第三の色彩により独立させ,二つの形態の前後関係を複雑化させる語法を執拗なまでにくり返したのも,まさしくそのこととの関連のうちにある。まとまったひとつの形態として知覚されているモチーフが透きとおって,重なり合った別のモチーフが見えてしまうので,モチーフの統一性は弱まり,奥行きは一意的に決定されなくなる。視覚はいわば前後の関係における浮遊を体験する。上記の着眼点は,あまりに細部的なこだわりに思えるかもしれないが,カンディンスキーの画面におけるこの語法の頻出度から無視できるようなことではないし,彼ほどではないにしろ同時代の多くの画家が多かれ少なかれこの語法を使用していたことがあるという事実からして,同時代的な共通問題をあぶり出すのに極めて有効な視点であると思う。-367

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