鹿島美術研究 年報第9号
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⑲ 北野天神縁起絵巻にみる地獄絵の研究し‘゜落していた室町時代の大和絵白描絵巻の動向に対する注意を些かなりとも喚起できるものと考えている。なお,この“小絵”にみられる天地の縮少化,稚拙な画風は,同時代に盛行するお伽草子絵巻にも共通する顕著な傾向である。従ってこれに注目することは,室町絵巻の一特質を探る上にも資する所がありその意味からも極めて有効なアプローチの方法といえよう。一承久本・メトロポリタン本を中心に一研究者:静岡県立美術館学芸員玉贔玲きわめて複雑な内容をもち,又多くの諸本を生み出している「北野天神縁起絵巻」については,主人公である菅原道真や社寺縁起研究の一環として,従来,史学・国文学,又宗教学や文化史学等の分野から,種々の重要な研究がなされてきた。一方,美術史学においては,画面の様式的検討を中心とする,個々の作品の研究がすすめられてきた。しかしその為に,同じ甲類系に限っても,諸本の内容や画面等の比較研究は,必ずしも十分におこなわれていない状況にある。又,「地獄絵」の研究についても,平安時代の「地獄草紙」については,詳しい研究かおこなわれているものの,鎌倉時代以降は,その作例が非常に多いこともあり,ひとつの統一的な視点からの比較研究は,それ程進んでいないと,言わなければならなその意味で,日蔵の「冥府巡歴絵」によって「杜寺縁起絵巻」としての性格を明確なものとしている「北野天神縁起絵巻」は,今後改めて,その当該部分の画面の整理・検討が求められていると言えるが,その研究は単に,「天神絵巻」そのものの構成や性格の理解を深めるものではなく,日本の「地獄絵」が,平安時代の一種の「図像集」的性格の画面より,鎌倉時代以降の,変化にとんだ粗筋をもつ「冥府巡歴絵」(「説話画」)へと,大きく変容していった過程と,その歴史的意味を検討してゆく上で,有益な示唆を与えてくれるものと考える。371-

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