にしきえ④ 鈴木春信の作画手法について理はなく,李唐の「万堅松風図」などには存在し,従来,金代の作品とされてきた「眠山晴雪図」にも,同様の遠山が画かれているものの,いずれもこの画巻に見られるような形態を有してはいない。この山容が,角張った本体部分と丸い付属部分とからなる巨然風であるのは,前中景の李唐風の主山に合わせて,その遠峯表現を採用しつつ,後景の董源風の遠山とも応じあうように形態を改変したためであると考えられる。華北山水画の主流をなす李成・郭煕の影響が著しいのは,濃淡の松樹を配する個所のみであり,画家は赤壁という主題に合わせて,江南山水画の董源,及び北宋滅亡後南渡し,南宋画院の礎を築いた華北山水画系の李唐の手法を中心に,その作品をまとめ上げている。こういった様式の紺禍のような表現は,これまで数回にわたって見てきた通り,北宋後期以来顕在化した南北画風総合への動きを反映するものと解される。様式性と地方性とが一体をなしていた五代・北宋後期までの絵画理念をなお保持する,本図は,しかしながら,一方で南北の画風を概念化して総合する,前回の李公年の例でもわかるように,その両者が既に遊離しつつあった北宋末から南宋のそれとは必ずしも相容れない絵画理念に立脚しており,伝統性の強さによって創造性を際だたせる,中国絵画の特性をある極限にまで増幅した作品となっている。報告者:学習院大学文学部教授小林概要:浮世絵師鈴木春信(1725?■1770)は,多色摺木版画“錦絵”の成立に積極的に献して,浮世絵の歴史を前後の2期に分ける分水嶺のような史的位置に立つ。はじめて賦彩の自由を得て,春信は絵の背色に強い関心を示し,それまで浮世絵版画にあっては稀薄であった画面枠の意識を明確にさせた。すなわち,背色をかえることによって画面の内側から,構図の枠組を決定したのである。おのずから画面構成の堅固が求められ,浮世絵版画の構図の安定に飛躍的な進展が見られた。背色の中でも,大気や空を示す淡い青の色合に注目される。植物性の絵具のために現状ではほとんどの版画で薄茶色に変色してしまっているが,当初は明る<澄んだ淡青色のその背色には,新しい時代の到米を暗示する異国的な情調が託されていたかのようなのである。春信の版画の“青い空”の意味について,私見を述べたい。-22 -' 忠
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