鹿島美術研究 年報第10号
110/142

仏教説話画研究は盛んになりつつあるが,本作品のような重要な遺品について未だ十分なアプローチがなされていないのは,単なる個別作品研究の枠を越えて,仏教説話画全体の展開史を考える上でも大いに問題とせざるを得ない。そこで,この研究では,本作品十五幅全てについて実地調査を行い,我国説話画のなかにおけるその位置づけの検討をはかるものである。調査研究に際して,特に注目したいのは本作品の図様と表現についてである。まず第一に,その図様に関しては,先述の大串論文以来,本作品の図様は『往生要集』に基づくものとの認識がなされているが,私見によれば,他の経典テクストあるいは当時の文化的コンテクストを踏まえた図様が巧みに画中に取り込まれているように思われる。その実態を杜会史的観点からコード化していく方向で考察は進められる。また第二に,その表現に関しては,本作品には伝統的な大和絵風の手法で描かれた幅,新来の宋元画風の手法で描かれた幅が混在している点に注目し,我国中世絵画の全般的傾向である絵画技法としての伝統と革新の協調が,本作品において,いかに死後の世界のイメージを活性化して表現するのに役だっているのか,明確化する。以上の調査研究を経ることにより,我国中世において死後の世界としての六道が,単なる仏教教理上の理解を越えてどのように想像され,そのイメージが当時の人々によっていかに受容されていたのか,聖衆来迎寺本「六道絵」を通じて解釈される。本調査研究の目的はここにある。③ 二,三世紀を中心としたギリシア葬礼絵画の研究:様式と技法の問題研究者:米国ハーバード大学大学院博士課程中村るいギリシア美術史において,絵画芸術の研究は,陶器画を除くと,その現存史料の不足のゆえに,これまで非常に限定されたものであった。しかし近年の相次ぐマケドニア大墳墓(ウェルギーナ,レフカディアなど)の壁画群の発見により新たな資料が加わり,ようやく体系的な研究が可能となりつつある。このギリシア文化からローマ文化へのいわゆる文化の継承,変容期は,個人肖像画の登場,視覚芸術における複数の叙述的手法の導入,空間表現の探求など,西洋美術史を研究する際に基本となる要素が明瞭になる時期でもある。近年の欧米の研究はこれらの要素を各論的に研究する傾向にあり,更に,最近の新資料が必ずしも的確に美術史学の方法を踏まえて論じられ-80

元のページ  ../index.html#110

このブックを見る