とする共同体の集会施設,美術館,精神病院などに再利用されている。その中で美術館となったアンドレア・デル・サルトの「最後の晩餐」のある旧大修道院食堂は幸運な保存例の一つであるが,一方,精神病院の給食室の14世紀フィレンツェ派の壁画は湿気のためにほとんど消えかけている。今回の調査研究の対象である聖人伝の壁画は旧修道院の回廊にある。回廊は現在信者に解放され,回廊壁画の一部は漆喰に塗り込められ,一部は今世紀の壁画に覆われている。このような状況から宗教建築の中に積み重ねられた数世紀の精神世界を宗教,美術の観点から各時代層ごとに考察し記録していくことが早急に求められている。過去のみならず,現在も多くの作品が失われつつある。ー中世美術研究者としては,板絵などに比較して移動,保存の困難なため,また作品の価値が確定していないために放棄されがちな修道院内に描かれた13,14世紀の壁画について分析,評価を進めていきたい。その時代に果たされた修道院芸術の役割,各作品の真の価値を紹介していくことの意義は文化保持の一助となるであろう。この調査研究により,学者に限らない一般の人々の関心が,顧みられることの少なかった価値のあるそれらの作品に向けられ,物心両面からの支援が得られれば研究者にとって限りない喜びである。*c. f. Osanna Fantozzi Micali, Piero Roselli, Le Soppressioni dei conventi a ⑦ ユトレヒト詩篇とそのコピーを中心とした西欧の全篇挿絵入り詩篇写本群の研究研究者:名古屋芸術大学非常勤講師ユトレヒト詩篇と3点のコピーは,これまで伝統の継承や絵画空間の変遷などの問題を考える上で最良の対象と見なされてきた。またアングロ・サクソン時代から1200年頃までのイギリス美術史を貫く一本の水脈として,それぞれの時代の美術に与えた影響も決して小さくはない。しかしながら従来の研究は概説の域を超えていなかったり,部分的であったり,未刊行の学位論文のままであったりして,作品の核心に迫るには至っていないように思われる。またファクシミリの刊行も立ち遅れている。この写本群を生み出した動機はいかなるものであったのか。写本美術が伝統を重んじるといえども,かくも長期にわたってコピーが繰り返され,しかもコピー自体が優鼓みどりFirenze 1987. -83-
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