鹿島美術研究 年報第10号
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⑫ 17世紀オランダ絵画史における古典主義の系譜研究者:慶應義塾大学非常勤講師小林頼子19世紀以来,写実性が喧伝されるなかで,17世紀オランダ絵画史は多くの優れた作家に口をつぐんできた。中心はあくまで日常の情景・風物や,周囲の風景を活写した風俗画静物画,風景画であり,それら写実の系譜から外れる画家には評価のものさしが用意されていなかったのである。その結果,レンブラントを除く歴史画家,イタリアやフランスの影響を色濃く残す画家一親イタリア派風景画家,1670年以降の風俗・肖像画家ーは,優れた作品を数多く残しているにもかかわらず,正当な評価を受けることなく今日に至っている。本研究の狙いは,写実という一元的な観点のみで語られることの多かった従来の17世紀オランダ絵画史記述に,もう一つの忘れられがちであった評価軸・古典主義を導入し,作品の質に相応する作家・作品の史的位置づけを試みようとするものである。それは,オランダ絵画の凋落の徴しと見なされてきた1670年以降のオランダ絵画の再評価を可能にするとともに,他国に例を見ない写実主義を生んだオランダで,本来が主題意識と様式の両面で機能するはずの古典主義が,どのような興味深い変質を遂げたかについても,重要な示唆を与えてくれるものと考えている。⑬東方ヘレニズム世界における花網モティーフについて研究者:岡山市立オリエント美術館学芸員飯島章仁この調査では,東方ヘレニズム世界(小アジア,レヴァント地方)において多くの作例を残した,モザイク芸術における花綱モティーフの例を,主たる調査対象にする。モザイクは,通常は床を装飾するためのものであるが,ここにはしばしば,天井や壁面において表わされることの多いモティーフも,当時の手本等に基づく製作方法や,あるいは空間の流動化,一体化による,天井・壁面・床の間でのモティーフの交流によって,あたかも本来ならばかくあるべきではない場所にも,「投映された」かのごとく,転移して描かれることがある。したがって,一方では墓室の四方の壁面や,住宅建築の中の広間の壁に,弧を描きながら連なって表わされることの多い花綱モティーフを,床モザイクについても考察87 _

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