ここ10年間はX線分析(蛍光X線分析•X線回折)に基づく調査が実施され,宝物(奈わたくしも以前より,酒井抱ーの作品を通して江戸後期の絵画における海外からの影響に関心をもっていたが,研究を進めるにつれ,西洋画風や南頻様式のほか,清の花鳥画全体との関連を見直す必要があると強く思うに至った。例えば抱ーの「四季花鳥図巻」(東京国立博物館保管)は,抱ー画風の特色をよく伝える作品であるが,金曜の「花鳥図巻」(岡山美術館)や高釣の「花鳥図巻」(京都国立博物館保管)等,構成やモチーフに共通性が見出される清の花鳥画は少なくない。そしてこの問題は抱ーだけでなく,江戸後期に描かれた多様な花鳥画と清の花鳥画の諸作品を比較する,発展性のある研究課題として暖めていたものである。江戸絵画研究は全体としては,依然細分化の傾向にあるが,戸田禎佑氏の「美術史における日中関係」(『美術史論叢』7 号1991年)に示唆されるように,花鳥画を通じて巨視的な立場からの提言を行っていきたいと考える。⑬ 平安後期出土美術工芸品の材質的研究研究者:宮内庁正倉院事務所主任研究官成瀬正和美術工芸品の材質的研究は美術史における重要な研究分野のひとつである。研究が進展し,用材の年代的および地域的特徴が明らかになれば,美術工芸品について製作地,製作年代,真贋等を論じる際,その有力な判断材料となるからである。しかしわが国において,美術工芸品は鑑賞あるいは信仰の対象としての側面から捉えられることが多く,自然科学的な方法を必要とする材質調査はあまり活発とはいえない。正倉院では戦後,各分野の専門家による,宝物材質調査が継続的に実施され,また良時代)の用材の種類がかなり明確になってきた。また飛鳥時代以前については,ここ20年間ほどで多くの遺物が発掘され,それらについては考古学の研究対象として着実に材質の解明が進んでおり,その中には一級の美術工芸品も見られる。しかるに平安時代以降の美術工芸品については材質調査がほとんど実施されておらず,それぞれの時代に用いられた用材は,博物館等に納められた伝世品の肉眼観察,あるいは当時の文献を通して,ある程度推定が可能であるものの,不明な点が多いと言うのが実状である。そこで申請者は平安時代以降の美術工芸品の材質解明の第一歩として,鳥羽離宮遺94 -
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