品資料を可能な限り収集し,公開していく価値は高い。〔構想理由〕版画芸術,商業美術という印刷文化と深い係わりを持つ,美術分野を通して社会を考え,その社会の構成員である個人の芸術意識とは何かを,又,言葉を変えるならば,強い個性を有した個人の芸術意識が,どの様な形で社会に発言しているか,それは社会に対してまったく自由な個人が,芸術的な参画を杜会は許しているのか等の事を,1930年代の上海という東洋(日本),西洋の各思想,政治・経済的思惑が入り乱れる地を基盤にして問いたかったからである。⑰ 伊達家関係漆工資料の基本調査研究者:仙台市博物館学芸員近年,江戸時代の婚礼調度の大規模な調査・編年が進み,また幸阿弥,春正といった蒔絵師という括りで研究がなされている。だが,六十二万石を有した大大名家でありながら,伊達家関連の漆工資料については未だ総括的に追跡調査が行われたことはない。こうした状況下において本調査に取り組むことは,地方の一大名家の場合という枠を越えて江戸時代の各時期における漆工資料に対する好みや指向を知る手掛かりとなるであろう。特に,江戸初期から中期にかけての伊達家は財政的にもまだゆとりがあり,江戸住まいも多かったがゆえに,漆工資料も上手のものを所有することが可能であった。こうした背景を踏まえ,全国規模で伊達家旧蔵の漆工資料の所在の確認と,資料の調査を試みるものである。特に取り上げておきたい資料の一つは慶長遣欧使節に関わる資料で,法王宛て伊達政宗書状が入った南蛮唐草文蒔絵文箱である。これは伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節・支倉常長が携え,法王に手渡した書状を入れた箱であり,来歴がはっきりした在外資料である。また近年,遣欧使節が法王に贈った贈答品のリストが発見されている。それによると,漆工資料(小机,聖餅箱,書見台など)が重要な位置を占めており,これら資料の発見にもぜひ努めたいと考えている。また,宇和島の伊達博物館と当館の所有となっている箔二張や,宇和島伊達家の婚礼調度等についても調査を行う必要がある。特に竿は年紀銘のある資料であり,この機会に十分な調査をしたいと考えている。当調査ではこうした江戸時代初期〜中期までの基準作をまずおさえ,さらに今は所_ 97 -橋あけみ
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