説話画をめぐる考察(「説話画の文法~をは,日本絵画の伝統に,豊かな果実を実らせた分野といえるだろう。そのような物語絵画の画面形式・表現様式・主題といった類別の下部にある構造的特性が,視像によるストーリーの描写であることはいうまでもない。ストーリーに内在する出来事生起の因果律が,絵画という視覚の形式にどのようなフォームを組み立てるのかという,踏まえて,今回は物語絵画における絵画表現と言語テクストの関わりを「華厳縁起」を例に具体的に考えてみたい。さて,高山寺に伝来した「華厳縁起」(「華厳宗祖師伝絵巻」)は,新羅の高僧,義湘大師と元暁大師の事跡を優れた画力によって描き出す全六巻の絵巻である。おそらくは,十三世紀前半(20■30年代)明恵上人が深く関与した制作であろうと推定されている。その享受にあたっては,義湘・元暁という高徳の先師を顕彰し,華厳宗の隆盛を願うことを第一義としたであろうが,国王の勅使が竜宮に赴く(元暁の巻),義湘への恋慕を宗教的愛へと止揚した善妙が龍や巨石となって義湘を守護する(義湘の巻)など,劇的な場面や異国風俗の描写,そして両大師を慕い,その有様を生き生きと語る画面の展開といった作品のヴィジュアルな魅力は,そうした表向きの意図を超えて,より親しく身近な鑑賞体験を見る者に与えたに違いない。ここでは,伝奇説話への興味(世俗性)と高徳の先師である主人公に対する深い共感(宗教性)が違和感なく出会っており,それが義湘や元暁,或いは善妙といった絵巻の主人公への敬慕を帰法の機縁とする構造を支えていると言ってもよいだろう。絵巻の全体を貰く先師への深い尊崇追慕の念,教導的な内容,先師の諸事跡を詳しく語り出すことをもって宣教せんとする意図など,宗教的情操豊かな高僧伝絵巻の結構を備えつつも,そこに伝奇的な説話に対する強い関心と主人公への人間的接近が現われていることに,とりわけ注目しなければならない。さらに,ここに描かれた内容の多くが義湘の巻・元暁の巻ともに『宋高僧伝』中に語られた両大師の事跡に重なり,漢文の高僧伝から絵巻の詞章ヘという,テクストの受容と変換の様態を窺わせることも,興味深い。-19
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