7世紀中葉)と呼ばれる詩篇写本の頭文字に施された“怪獣”装飾はその最初期の例であり,同,7世紀の『ダーラム福音書A.II. 10』(ダーラム大聖堂付属図書館蔵)の頭文字IN(マタイ福音書)にも,蛇状および長鼻の怪獣がみとめられる。これは例えば,西暦614年にアイルランドの伝道士コルンバーヌスが北イタリアに創建したケルト系のボッビオ修道院において制作された『ヒエロニムスのイザヤ書註解』(7世紀初期,ミラノ,ビプリオテカ・アンプロジアーナ蔵)の頭文字に装飾されている伝統的な「魚」の表現を採らず,異教時代以来の北方「動物文様」を適用した作例ということができる。『ダロウの書』は(680年頃,ダプリン大学トリニティー・カレッジ図書館蔵)のヨハネ福音書の扉頁は,こうした北方的「動物文様」を福音書写本の装飾として全面展開されたものであり,それ以降のケルト系,ハイバーノ=サクソン系写本の“動物文様を全頁に施す装飾法”は,『ダロウ』の形式を踏襲する。その無限循環の構図,および蛇状にうねり絡み合う動物の体躯,目や蹄などの細部への鋭い観察を裏づける力強い表現は,ヴァナキュラーな前キリスト教時代の美術的遺産を伝承し,超越的存在=動物への愛着を発現させているといえるであろう。写本装飾に現れた「動物文様」は,7世紀をピークとする北方ゲルマン,アングロ=サクソン金工品(例:サットンフー出土品,大英博物館蔵)において既に完成されていた構図・モチーフの組合せに倣ったものであった。さらに9世紀以降,プリテン諸島のケルト系修道院を襲ったヴァイキングの美術に,写本と金工品の両面から影響を与え,最終的に,スカンジナヴィア(例:ノルウェー,ソグネフィヨルド,ウルネス教会)の木造教会装飾にまで「ウルネス様式」として,「北方動物文様」の系譜をかたち作っていく。ついて御報告申しあげたい。ルズ)・スコットランド(アイオナ)•ノーサンプリア(リンディスファーン)を中心とするケルト系修道院の写本制作工房でつくられた聖書写本の装飾は,渦巻文様や組紐文様に並んで,特異な「動物文様」によって彩られている。『聖コルンバのカタック』(ダプリン,アイリッシュ・ロイヤル・アカデミー蔵,7 -9世紀のあいだ,アイルランド(ダロウ,ケ16 -
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