鹿島美術研究 年報第11号
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研究目的の概要① ペドレーのサン・キルセ教会壁画における様式と図像プログラム研究者:お茶の水女子大学人間文化研究科博士課程浅野ひとみスペイン・カタルーニャ地方に11世紀末から12世紀前半にかけて広まった一連のロマネスク教会堂壁画は,戦前のバルセロナ州政府による大規模な移築措置により,大半がバルセロナ市内,近郊の美術館に収蔵され,今日に至っている。とりわけ,ペドレーのサン=キルセ教会壁画群は,モサラベ様式の矩形主祭室と凱旋アーチ(ソルソーナ美術館蔵),左右小祭室(国立カタルーニャ美術館蔵)にその概要を伝えている。当該作例は,12世紀に入り,カタルーニャ地方に流布した「栄光のキリスト」と「十二使徒列」を主祭室部に有する,いわゆる盛期「カタルーニャ・ロマネスク壁画」様式の生成過程を考える上で非常に重要である。ペドレーに関しては,19世紀末より,主としてスペインの研究者による様式的側面からの分析が進められてきた。記念碑的研究書とみなされている“ArsHispaniae" (1950)の中で,グディオール・イ・リカールは,イタロビサンチン様式に基づくこのペドレーの工房が,トレドス(メトロポリタン美術館蔵),ェステーリ=デ=アナウ,ブルガルの壁画も請負い,その影響は,ソルペ,オルカウ,ェステーリ=デ=カルドス等,広い範囲に及んだとしている。それに対し,最近では,ジョアキン=ジャルサらが疑問を呈し,新発見の作例をとりあげながら,ペドレー様式の再検討をせまる動きを示している。一方,図像学的には,イタリア・ロンバルディア地方の壁画と比較され,殊に『黙示録』サイクルについては,ペーター=クラインらによるベアトクス写本との対照,イヴ=クリストによる「香炉を持つ祭壇の前の天使」,辻佐保子氏による「祭壇の下の死者の魂」に関する考察等,際立った研究が相次いでいる。当研究においては,主に様式の生成・波及に対する分析に重点を置きながら,サン=キルセ教会堂全体における図像プログラムを各地の例と比較しながら考察したい。-37 -

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