鹿島美術研究 年報第11号
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記号学の誕生を予告していることである。一般に記号学は,記号という物質的所与と,それが表す意味を独立した二つのものと考える所から出発するが,そういった考え方自体がまさに,セザンヌやマラルメを含む19世紀末における表象の構造から派生した歴史的産物であることが明らかになる。絵画史の観点から言えば,表象言語の物質性,そしてその独自の運動を認めるセザンヌの方法が,20世紀美術の展開の様々な端緒となっているのが判る。キュビスムによる個性的表現の消去,或はレディーメイドとしての物質そのものの導入。またマティスにおける色彩の相互的な関係の活性化等。「表象と主体」という視点からセザンヌを捉え直すことによって,通時的なネットワークも,これまでの様式的な理解におさまり切らない様相を現すに違いない。⑤ 阿弥陀来迎表現の研究研究者:宮内庁正倉院事務所調査室長三宅久雄仏教美術において,阿弥陀如来の救済に対する信仰の所産としての浄土教美術は重要な分野をなしている。我国の仏教美術はいうまでもなく中国の影響のもとに展開してきた。浄土教美術も例外ではないが,我が国ではとくに臨終における阿弥陀如来の来迎そのものに強い興味を示し,来迎の場面をあらわした絵画や彫刻などのいわゆる来迎美術において,日本独自の顕著な展開を示したことが特徴である。これまで来迎美術に関する研究は盛んに行なわれてきたが,そのほとんどが浄土図,来迎図などを対象とした絵画表現としての研究で,図様と教義との関連から描かれた様々なモチーフの解析,構図の解釈などを主としたものである。ところで,とくに浄土あるいは来迎表現は,画像と彫像とが一体化して空間を構成し,あるいは密接な関連をもちながら発展してきた。本研究ではとくに絵画史における来迎図研究の成果をもとに,従来あまり詳しくおこなわれることがなかった彫刻史における来迎表現の展開を綿密に考察したい。そのうえで画像,彫像相互の影響関係など総合的な来迎表現の史的展開をたどり,さらに中国,朝鮮のそれと比較することにより日本美術の特質の一端を明らかにしたい。-40-

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