鹿島美術研究 年報第11号
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⑯ 「一遍聖絵」の研究研究者:杉野女子大学非常勤講師堀内祐時宗の開祖一遍の伝記を描いた「一遍上人伝絵巻」は,扱っている内容から大きく二系統(聖戒本と宗俊本)に分けられる。今回研究対象として取り上げる歓喜光寺所蔵の十二巻本「一遍聖絵」はその前者に当たるもので,一遍と二祖他阿の二人の行状を扱った宗俊本とは異なり,一遍の伝記のみを全巻に亙って詳細に描きあらわした絵巻物である。詞書や奥書に拠り,「一人のすすめ」によって,一遍と共に遊行した高弟聖戒の記述を詞書とし,法眼円伊という人物が中心となって絵を描き,一遍の没後十年後の正安元(1299)年に完成したことが判明しており,制作年代の明かな,鎌倉時代の絵巻物の基準作の一つに数えられている。絵画表現の上でも,高くて遠い視点の取り方,水墨技法の使用,写実的な風景描写など平安時代には見られなかった新しい要素も散見され,また質的にも優れた作品として重視されてきた。しかし,本作品に限らず鎌倉時代の絵巻物の個別研究,特に様式や作品の質や制作の場の研究は,「源治物語絵巻」「信貴山緑起絵巻」「伴大納言絵巻」などの平安時代の作品に比べて遅れており,近来注目を集めつつある次の室町時代のやまと絵屏風や絵巻物の展開を考える上でも,早急な総括的研究力噌化tれている。本研究では,鎌倉時代の絵巻物の基準作の一つである「一遍聖絵」を対象に,先ずと絵の表現内容を詳細に考察し,宗俊本や鎌倉時代の他の絵巻物との比較を通じて,様式を中心に作品そのものの徹底した研究を行う。それと共に,文献史料を用いて当時の時宗教団や社会状況も押さえた上で,「一遍聖絵」の制作の契機や,制作の場についても検討していきたいと考えている。⑰ 中世末期のフランス語版聖書写本挿絵の研究研究者:名古屋大学大学院文学研究科博士課程駒田亜紀子ローマ・カトリック教会の絶大な影響下にあった西欧中世において教会の公用語で書かれたラテン語聖書に施された挿絵に関しては,これまで重要な研究が数多く発表され,成果が蓄積されてきた。これに対し,近代の幕開けに到るまで教会の公式見解では禁じられてきた俗語による翻訳あるいは翻案版聖書に関する研究は,テクストの-55 -

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