鹿島美術研究 年報第11号
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分野においても挿絵装飾の分野においても,著しく立ち遅れていると言わざるを得ない。申請者が本研究を計画するのは,こうした研究状況と同時に,近年ようやく進展を見せつつある世俗写本挿絵に関する諸研究の成果を踏まえてのことである。中世末期における翻訳・翻案版フランス語聖書の独自性は,単に使用言語の相違にのみとどまるわけではない。ラテン語からフランス語への聖書の翻訳・翻案は,その享受層として,聖職者ではなく,ラテン語の知識を持たない世俗の信者を前提としている。したがって,より広範な視点より本研究の意義を捉えるならば,聖書本文の内容構成やそこに施される挿絵・装飾など,写本の文献学的・造形的特質に反映された受容者の要請,さらには作品の注文・制作状況や所有者に関する考察は,中世末期における美術作品の制作・受容の在り方をめぐる問題提起と不可分の関係にあると言えよう。聖書は西欧中世において最もポピュラーなキリスト教写本のひとつであるがゆえに,その俗語翻訳・翻案版は,逆説的に,西欧中世末期における多様な世俗写本挿絵の裾野の拡がりを最も端的に示す作品群でもある。豊かな挿絵装飾入りのフランス語版聖書の世俗信者への普及は,聖書中の物語が,多種多様な世俗文学,とりわけ歴史文学に改めて旺盛に取り込まれたり,キリスト教著述家のラテン語テクストが世俗の有力諸公らの要請によりフランス語などの俗語に翻訳され新しい挿絵サイクルを施されるなど,中世末期を特徴づける社会的・文化的動向のもとで,より本質的に理解することができよう。⑱ 南蛮服飾ー陣羽織・胴服・具足下着ーの基礎調査研究者:仙台市博物館学芸員・主査嘉藤美代子我が国の染織・服飾研究にあって,現在女性服飾の研究はかなり進んでいると思われる。まず先人の方々が各家に伝わる服飾群など様々な染織品を紹介している。また展示からのアプローチでは,東京国立博物館で開催された日本の染織を網羅した「日本の染織」や京都国立博物館での技と美から見た「日本の染織」や名古屋市博物館の「絞り」,堺市博物館の「繍」,徳川美術館の「辻が花」,ロサンジェルス・カウンティ美術館の「WhenArt Became Fashon-Kosode in Edo-Period Japan」など有意義な特別展なども行われている。しかし,それらの研究は女性の服飾品中心であっ-56 -

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