鹿島美術研究 年報第11号
94/108

場合を典型とするように,その1920年代の様相ばかりが,例外的なものとして注目され,研究されるという傾向が顕著であったことは否めない。版画史の視点にたった前衛研究の意義は,いままでの研究ではあまり明るみにでなかった作家相互の影響関係や継承関係を,あくまでも作品に即しながら検討する可能性を探ることができる点にある。また,従来の版画史研究では,たとえばマヴォ周辺の作家たちは,版画家としてほとんどあつかわれておらず,挿話的な存在としてあまり重視されることはなかった。しかし,かれらの活動の意味は,版画史と前衛運動史の接点からしか浮かび上がってこないように思われる。本研究の価値は,基本的な作品調査を踏まえながら,忘れられていた多くの版画家たちの活動に照明をあて,その活動を通じて,前衛精神の継承関係をあきらかにすることにある。そして,その関係がけっして1920年代,とくに前衛運動が盛んであったその前半を例外として歴史的に孤立しているものではなく,日本の場合でも,1910年代はじめから出発して,1930年代なかば頃まで,たしかにつながっていたことも,版画史のーアプローチである本研究によってあきらかにすることができるであろう。⑫ 日本における蘇試像の研究研究者:東京国立博物館絵画室研究員救仁郷秀明仏教美術を除けば,日本・東洋絵画史研究における図像学的研究はあまり進んでいるとはいえない。特に中国に源流のある故事人物画の領域にその傾向が顕著である。本研究は,肖像画,故事人物画として描かれた中国の文人の中で最も人気の高かった蘇試の図像の絵画史的研究である。蘇試像の研究を中核に置き,さらに陶淵明,杜甫,李白,白楽天,王安石,黄庭堅といった中国の詩人たちの図像へと研究対象を広げてゆけば,日本において中国の文人たちがどのようにとらえられていたかという問題や,日本の肖像画・人物画の図様の起源がどこにあるのかという問題にもつながる。また日本の歌仙絵すなわち歌人の図像と,中国の詩仙すなわち文人の図像との比較を緻密に行えば興味深い研究結果が期待できると考える。以上のように,中国絵画から日本絵画への受容と変容の問題,中国と日本における詩人像・歌人像の特質・異同の問題,肖像画・人物画の図様タイプの起源の問題等,-66 -

元のページ  ../index.html#94

このブックを見る