伝統美の中に,西洋的な様式を初めて本格的に導入し,近代様式を確立した人物である。本研究では,特に板谷波山がどのようにして明治20年代までの伝統様式を打ち破り,西洋陶磁の影響を受けて,明治30年代にいかに「陶磁の意匠改革」を目指したのか,という点に注目したい。それについては,第一にデザイン,第二には釉薬を中心とする彩色法に着目してゆきたい。第一のデザインの点では,19世紀末に西洋で大流行したアール・ヌーヴォー様式の吸収を目指していた。そして,第二の彩色法では,やはり西洋で流行していた釉下彩色法と結晶釉の導入をもくろんでいた。この板谷波山の掲げた二つの課題は,当時の西洋陶磁,例えばフランスのセープル窯,アメリカのルックウッド窯などで完成されていた最新の流行様式であった。この二つの課題に取り組んだ波山は,大正初期に「保光彩磁」を完成させる。この「篠光彩磁」は微妙な色彩の変化による装飾に特徴をもっている。いわば日本美術院の新日本画である「朦朧体」の試みと,同じ方向性を見せていた。そこには,明治30年代に大きなうねりとなっておこった共通の美意識の存在が,想定できよう。⑱ 愛知県における近代美術の諸動向研究者:愛知県美術館私が所属する愛知県美術館を含め,日本の公立美術館のかなり多くは近代以降の美術を収集や企画展の柱としている。そこでは,学芸員の本来の専門領域が古美術や西洋美術であったとしても,現代美術やその地域の美術と関わることが必要であろう。過去の優れた美術を展覧することは,研究者や一般愛好家のためだけではなく,これからの美術のあり方にも関与することになると考えられるからである。愛知県の美術家数は東京に次ぐともいわれ,新作による展覧会も非常に盛んである。しかしそこには,日本独特の現象といわれる美術団体・公募展等と画廊を主とするいわゆるコンテンポラリー・アートとの二重構造をはじめとする複雑な様相がある。このような状況を歴史的・地域的視点から分析することも美術史研究者や美術館の使命の一つであろう。昨年2■ 3月に開催した「20世紀愛知の美術」展は,上記の狙いを含み,一世紀以深山彰_ 74
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