上の時間にわたって愛知県域の美術を扱った,この地域では初めての展覧会であった。私は主として昭和戦前期を担当し,カタログに別添の小文をのせたが,従来作家個別に論じられることの多かった愛知の美術を動向としてとらえ,東京・京都を中心とする日本近代美術史と照合しつつ,影響関係や地域の独自性を浮かび上がらせるという視点を設けたつもりである。また,その中の注目すべきいくつかの動向や作家についてはいくらかの掘り下げを行い,現在も調査を続けている。しかしながら,未だ不明な動向も数多く存在する中で,大正や昭和初期を知る人々は減少し,それに伴い資料も散逸のおそれが多々あるということを痛感しており,集中的な調査を行うための助成を仰ぐ次第である。地方の美術史ということで,大きな成果を挙げることは必ずしもできないかもしれないが,例えば平成2年に名古屋市美術館で開催された「日本のシュールレアリスム」展において昭和10年代に名古屋に日本のシュールの一拠点があったことが明らかにされたような重要事実が判明すれば,と願うものでもあり,また,成果以前の細かな情報集積は,長期的に見れば決して価値の低いものではないと思われる。⑲ 春信絵本の研究研究者:学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程本研究の主題は鈴木春信の画業を総合的に捉え,「錦絵の創始者」としての一面を深く追求した春信の研究史に,絵本作品を通じて新たな成果を加えようとするものである。これまでの春信研究においては,錦絵を論じるものが圧倒的に主流であった。近年の春信絵本研究では,画文堂版『近世日本風俗絵本集成』において鈴木重三氏の手懸けられた解説「絵本青楼美人合」(1981年)が最も新しく,かつ詳細なものである。また仲田勝之助氏『絵本の研究』(美術出版社1950年)中に仲田氏私見作品のリストと数行の解説が掲載され,艶本に関しては林美ー氏の『艶本研究・春信』(有光書房,1964年)を挙げることができる。しかし春信絵本を大局的に取り上げ,画業の中での位置付けを行なうといった総括的な研究の域には未だ至らず,春信絵本の特質についても充分な考証はなされていない。杉野女子短期大学非常勤講師藤澤-75 -紫
元のページ ../index.html#101