鹿島美術研究 年報第12号
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涯の多くを同地に隠棲しながらも,イタリア各地はもとより遠くスペインやボヘミアからも注文を受け,その名声をほしいままにした画家でしたが,寡作の彼が生涯に残した40点程の作品一一それらのほとんどは宗教画―は,高い詩想,愛情に満ちた敬虔な感情表現において比類なき水準を保っています。そして輝かしい七色の色彩表現と卓抜な素描においても。こうしたバロッチの作品の注文の大多数を占めるのが,カプチン会をその筆頭とするフランチェスコ会諸派,そしてオラトリオ会です。16世紀に創設され,創造力と活力に満ちていたカプチン会,オラトリオ会のこの画家との関連については,疑う者なき状態であるものの,具体的に両会派の精神性がどのようにバロッチに反映しているか,という点になると,これまで実質的な研究は世界的に見てもきわめて数少ないと申せましょう。私のめざす所は,芸術家が実際に活動したその時代に書かれ,あるいは読まれた著作の,具体的な言葉を作品解釈の手がかりとしながら,バロッチの全作品を通底する精神性を解き明かしていくことにあります。ある芸術家に一貫した精神的分脈がありうるという仮定は注文者の相違を超えて,多くの作品に共通してみられる一貫したメッセージとファクターがある,という観察によって裏付けられます。その一貫したメッセージを,私はカプチン会,そしてオラトリオ会のそれと結び付けることができると考えています。このような観点から,私は,バロッチがカプチン会のために描いた最初の作品(1565年頃)から,その死(1612年)に至るまでの全作品を,ひとつの鍵によって解釈する,これまで試みられたことのない研究をめざしています。③ 藤原信実を中心とする鎌倉時代肖像画の研究研究者:東京大学大学院人文科学研究科博士課程伊藤大輔鎌倉時代の肖像画は,日本絵画史のなかでも特に優れた成果を生み出した分野であるが,各個別的な作品研究の段階でも,像主,筆者,制作年代等の確定を見ず,その絵画史的な全体像を把握するまでには至っていない。藤原信実と言う画家は,鎌倉時代の肖像画制作が高みに登る時期にその活躍期を持つ画人であり,そのため,彼の画風を分析することにより,鎌倉時代肖像画史の流れ全体に対する展望を得るための足がかりを得ることが出来ると考えられる。このように絵画史的に重要な位置に存在す-38 -...... ....

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